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ヨーガマカランダ概説【5】1.4後半 ヨーガの学び方

ヨーガマカランダ概説【5】1.4後半 ヨーガの学び方

本を読むだけでは真の知識は得られない、直感を働かせ、実践せよ

「現代ヨガの父」ことクリシュナマチャリア氏の主著である「ヨガマカランダ(ヨーガ・マカランダ)Yoga Makaranda」を読み進めていきます。

参考:ヨガマカランダ(ヨーガ・マカランダ)の概要

今回は1.4節の後半、ヨーガの学び方に関する部分です。

引用部分は、特に記載のない限り以下の英語版(2006年)Yoga Makarandaを出典とします。

Yoga Makaranda(無料PDF 3.9MB)

この記事の目次

本を読んで得られる智と、実践による智

We recognize that yogabhyasa followed according to sastra will never be a waste. As much correct effort and dedication that is put into the practice, there will be correspondingly as much benefit. With two to three hours of daily practice following all the rules and restrictions, one begins to see appropriate benefits well within a year.

シャーストラ(聖典)に従ってヨーガを毎日2~3時間の実践を行えば、1年以内に適切な利益が見え始めるといいます。

このあたりにシャーストラという言葉がたくさんでてきますが、「歴史のある正しいやり方でヨーガを実践せよ」というクリシュナマチャリア氏の主張が強く感じられます。これはつまり、自分の教えは歴史のある正しいやり方である、という主張でもあるということでしょう。

Among the 64 vidyas only yoga vidya gives visible benefits and no other.

64のヴィディヤーのうち、ヨーガ・ヴィディヤーだけが目に見える恩恵をもたらすといいます。

ヴィディヤーとは知識や技術などを意味する言葉で、64のヴィディヤーとは、古代インドの文学に記述されている、教養ある男女が習得すべき「64の伝統的技術・芸術」のことのようで、音楽、ダンス、絵画、料理、手品、宝飾作り、文芸など、生活のあらゆる面に及ぶ多様な技術が含まれるようです。

このようにヨーガの有効性が強調されていますが、当時もヨーガを批判する人々というのも結構いたようで、そういった人々に対する主張がここから述べられていきます。たとえば「ヨーガは効果がない」などと言っている人々は、本当に正しくヨーガを実践していただろうか?という論理を、いろいろな例え話を交えながら語っています。

Just ponder carefully who is at fault: the doctor or the medicine or the mistakes of the patient. Similarly, in the matter of yogabhyasa, the practitioner who ignores the restrictions and rules laid down by the great yogis will go through difficulties and encounter losses and negative results. This is not the fault of yoga.

何かを批判する人は、意外とそれについて本当に知っているわけではない、というパターンについて語っています。

こういった話は、現代でもよくあることですね。そういう人ほどSNSで発信力があることも多いですが、そういった情報に惑わされないようにしなくてはなりませんね。

One who practises yoga as prescribed by the rules will no doubt receive all the many benefits of practice.

しっかりとルールに従ってヨーガを実践する人は、多くの恩恵を得ることは疑いないといいます。

このようにルールをしっかり守るように、ということは繰り返し主張されています。クリシュナマチャリア氏には多くの生徒がいたと思いますが、ルールを守らずに実践した不真面目な生徒から「効果が得られないじゃないか!」という的はずれな批判をされたことも多かったのかもしれません。

Only the Yoga sastra and nothing else will clearly explain and illuminate the form, qualities and nature of atma gñanam and prapanca gñanam. Therefore everybody should learn, practise and experience the secrets of yoga.

そして、そういった教えの全てはシャーストラ(聖典)によって明快に説明されているといいます。「gñana ジュニャーナ」は智、「atma アートマ」は真我、「prapanca プラパンチャ」は現実世界などの意味です。

クリシュナマチャリア氏は自分の教えには「歴史がある」ということにこだわりをもっていたようで、冒頭から古典のリストをたくさん挙げていたり、シャーストラ(聖典)によって定められたルールを守っている、ということを繰り返し強調しています。

彼が主張していた歴史の中には、バナナの葉に書かれていたので虫に食べられてしまったと主張している古典があったり、「作られた歴史」とされているものもあるとされていますが、真偽のほどは「はっきりしない」というところです。

Furthermore, only the strength of yoga can be called gñanam and nothing else. There is no gñanam separate from yoga. It is wrong to even associate anything else to gñanam.

“Attainment of the four qualities∗ is called gñanam
Who can attain gñanam without these qualities
He may quote facts (book knowledge) but attains only ignorance
The experience of yoga sadhana is necessary for this.”

ただ、シャーストラを引用するだけでは無知が得られるだけで、ヨーガ・サーダナ(ヨーガの修行)を経なくては真の智は得られないといいます。

本で勉強しているだけではダメで、しっかり実践して経験せよ、ということですね。

昔と今のヨーガ実践者

Our ancients, the great rishis, followers of their sanatana dharma from the beginning of time, became experts in yama, niyama, asana, pranayama, pratyahara, dharana, dhyana, and samadhi, stopped all external movements of the mind, and through the path of raja yoga attained a high state of happiness in this world and beyond.

古の偉大な聖師たちは、太古の昔からサナータナ・ダルマに従い、8支則を極め、心の外的な働きを止め、ラージャヨーガの道を通じて高次元の幸福に至ったといいます。「sanatana dharma サナータナ・ダルマ」は永遠の美徳・定められた行い、などの意味です。

ここで改めてヨーガスートラが示したラージャヨーガの8支則が挙げられていますが、このような教えには長い歴史があり、昔のヨーガ実践者たちは実践によって長寿と健康を得ていたといいます。

 But just as due to bad association one acquires wrong gunas, nowadays due to bad influences people have slipped from the path of sanatana dharma and yoga and are perpetually sick, age quickly, have a short life-span, have become precocious and, shamefully, lead a selfish life.

しかし現代において人々は、悪い交わりによって道を外れ、絶えず病気になり、早く老化するなどしたり、利己的な生活を送ってしまったりしているといいます。

クリシュナマチャリア氏の生きた時代(1888-1989)には、インドは侵攻を受けたり様々な文化が混じり合っていたでしょうから、いろいろなものが入ってきたことには、彼も特別な思いがあったかもしれません。日本も同様な経験をして、健康や医術や、幸福そのものに関する考え方も含めて、大きく変わってきました。

Sometimes, very rarely, like a rare flower, there are people who have knowledge of yoga and practise yoga with faith, ignoring the losses and difficulties that they suffer. Through teaching yoga, they improve the quality of life in the world. Their appearance is like a genuine diamond among imitation ones, and so they do not get noticed or recognized for their talent.

そんな利己的な人々が多い時代ではあるけれども、ごくまれに正しいヨーガの知識を持ち、信仰を持ってヨーガを実践し、自分の被る損失や困難を顧みない人々がいて、そういった人々はヨーガを教えることで世界の生活の質を向上しようとしているが、その才能が一般に認識されることはない、と説明されています。

このあたりは、私はとても共感するものがありますし、励まされている気持ちになりますね。

真のヨーガと、ヨーガらしきものの違い

この節の最後に、インドの人々と他の国の人々を比較して、正しいヨーガを実践した場合、どのような違いが現れるのかということをまとめています。

Leaving aside the affairs of our country India, let us consider the question regarding foreigners. They do not practise yoga, yet you might ask do they not have good health and are they not strong?

外国(インド以外)の人々はヨーガを実践していないのに健康で強健に見えるが、本当にヨーガは必要なのか?といった人々の問いに答えていくことになります。

これもまた、ヨーガを教えていると、よく聞かれる質問ということになるのでしょう。

Yet the health, body strength and strong mind one acquires through yoga is different from what one obtains merely by virtue of where one resides. The former gives divine knowledge as well as atma g˜nanam along with the knowledge of worldly affairs. The latter gives only knowledge of worldly affairs and that which is required for worldly existence.

ヨーガを通して得られるものは、健康・体力・強い心、世俗的な事柄に関する知識に加え、神聖な知識とアートマ・ジュニャーナ(真我の智)であり、住んでいる場所の特性によって得られるものは、世俗的な事柄に関する知識と、世俗的な生活に必要な知識のみである、といいます。

But we cannot say that people outside India are practising yogabhyasa and not just some form of physical exercise. I don’t know about their practice earlier, but their practice nowadays may resemble or be based on yogabhayasa as noted by people who go abroad.

インド国外の人々が、単なる身体運動ではなく、ヨーガービヤーサを実践しているのかどうか?

過去については分からないが、現代の彼らの実践は、インドから海外に渡航した人々が指摘するように、ヨーガービヤーサに似ているか、あるいはヨーガービヤーサに基づいているのかもしれない、と語っています。

これも、現代においてよく議論されることですね。ヨガスタジオでポーズやエクササイズなどを習ったけど、それってヨガなのか、歴史があるのか、あるいはヨガではなく似て非なるものなのか?

私もよく以下のような記事を書いていました。

参考:「ヨガなのか・正式(伝統的)なのか」にこだわる必要はある?

参考:「正しいアーサナ(ヨガのポーズ)」ってなんだろう?

よく聴き、推論・直感を用い、そして経験せよ

Let the readers note the three parts: listening (hearing), inference or intuition, and experience is the method expounded in the sastras.

“The vedas say that true knowledge can only reveal itself to you
you cannot reach that state through just reading and studying”

The reader must reflect on this great aphorism. Hence, it is important to understand that yoga sadhana is essential for us all.

ヨーガ・マカランダを読んでいくうえで、以下の三つの要素に注意を向けよといいます。

  • 聴くこと
  • 推論または直感
  • 経験

これについて、シャーストラから引用して「ヴェーダは、真の知識はあなたにのみ明らかにされると説いている。ただ読んだり学んだりするだけでは、その境地に達することはできない。」という一節を挙げています。

用語:ヴェーダ veda

以前にも述べられた内容の念押しになりますが、本を読んだり人から聴いたりしただけでは真の知識は得られないため、推論・直感を用いて理解を深め、そして自ら実践して経験することによってのみ、その人だけのための真の智がようやく輝き出てきます。

顕教(スートラ)・密教(タントラ)の話などでもよくこのようなことが語られますが、書物によって大多数へ向けて教えられている内容と、人それぞれに合った形で教えられる内容は異なることもあり、最も重要な智は言葉で授けることはできないため、自ら実践によって経験しなくてはなりません。

用語:スートラ sūtra

用語:タントラ tantra

ヨーガには8支則があったり、具体的なポーズなどの技法が公開されているため、段階を踏んで深めていくことができるので比較的親切な道ではあります。坐禅などは、只管打坐(ただただ、坐るべし)という方向性で、シンプルを極めています。

親切であるが故に、言葉や技法を多く用いれば、教えがぼやけて誤解も生じます。シンプルであるが故に、道に入りにくく、そして道の途中でも多くの困難があるでしょう。

どちらにもメリット・デメリットがありますので、自分に合った道を選ぶべしということになるでしょう。そしてどちらの道も、適切な師匠が必要になる場面もあるかと思います。

次記事:(執筆中)

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