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研究の軌跡_20221213

動かしたい場所に、「中心」を置いてしまっていては、それを動かすのは難しい。

当たり前のようで、ついついやってしまいがちである。

「中心」という表現については解釈が難しい。「重心」「支点」「不動点」などという言葉も似ているが、それぞれ全く違うものを表している可能性もある。

言葉に惑わされず、本質を観るべきであろう。

前屈したい人は、坐骨を前に倒す必要がある。坐骨を「中心」としていては、それは難しい。

しかし座っているときの意識は坐骨に置いてしまっている場合が多い。

この場合は中心をかかとに置くか、大腰筋の起始などに置くと、事態が進展する可能性が高まる。

ロールアップできない人は、みぞおちに中心を置いてしまっていることが多い。みぞおちを持ち上げるためには、中心はもっと足に近い方へ置かなくてはならない。中心位置を自在に移動できるなら少しずつ下へ移していくこともできるかもしれないが、それはかなり器用さが要求される。初めから、骨盤やかかとのほうに中心を置いておくのが良いだろう。

股関節を動かしたいのなら、中心は股関節ではなく、別のところにおいてあるべきであろう。骨盤底や、大腰筋の起始などかもしれない。それは動かしたい方向などによって異なる。

いろいろな動きにおいて、中心に置くと都合が良いのが「丹田」なのであろう。その場所に臓器や実態があるわけではないかもしれないが、丹田はとてもよい中心を演じてくれる。

首を根本から動かしたいなら、首に中心があっては動かない。

視力を良くしたいなら、どこに中心を置くべきだろうか?

肉体を変えたいなら、肉体に執着していては難しい。

この人生を良くしたいなら、この人生に執着していては難しい。

全てを変えたいとき、中心を置くべきは、どこか?

まずはひとつひとつ、執着を手放していくべし。

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