中心に気づき、コントロールする
中心を置いているところを、動かすのは難しい。
動かしたいもの、変えたいものに、拠って立っていてはならない。
動くべきところ、動かず不動に安定しているべきところを、見極めるべし。
中心も不変ではなく、いろいろ変わる。不意に変わってしまうこともあるし、意図的に変えることもできる。
中心の位置に気づき、コントロールする。
迷った時に戻れる中心
迷った時に戻れる、肉体の中心となる点があると、わかりやすい。
それが分かっていれば、安心していろいろな動きを行える。大胆に行動することができる。
それは「へそ」なのか、それとも丹田か。
ウィトルウィウス的人体図には、へそを中心とした円形の中に見事におさまった人体が描かれている。
肉体を作るための全てを運んでくれた門。へそとは「母と繋がっていた痕跡」でもあり、おそらくそれ以上の意味があるのではないかと思う。
中心を見失う原因
人が中心を失う大きな要素として、腕や肩の使い方がある。
肩の自由度と初期位置
肩の正しい楽な初期位置とはどこなのか。肩は自由に動かせる反面、どこがゼロポジションの位置なのかわかりにくい。
前後左右、そして回旋、注意深く動かして、ニュートラルな位置を探す。
しかし動かそうという意図を働かせ続けると、それを見つけるのはなかなか難しい。
いろいろ操作を加えるよりも、中心を見つけて、そこに重さと指揮権をあずけるという発想の方が近道になると思われる。
どの位置にあるとしても、肩の重さはなるべく背骨で支えるべきであろう。背骨の意識を高め、その中心に、委ねる。
しかし肩甲骨は、背骨に関節として直接つながってはいない。これがよく落とし穴になる。
胸骨の不安定さと自由度
肩甲骨は、鎖骨を介して胸骨につながる。
では胸骨に頼って立てばいいかというと、胸骨の下には腹筋があるが骨はない。
骨がないので、胸骨は下がりやすくて人々は猫背になる。
猫背にもなることができるし、姿勢を良くすることもできるし、反り腰にもなることができるという自由度がある。
胸骨は肋骨を介して背骨につながる。
安定させたいのならやはり、これら全体のつながりを意識しつつ背骨に重さをあずける意識が重要であろう。
肩甲骨の不安定さと自由度
肩甲骨は背骨につながっていないがゆえに、人は肩や腕を自在に使える。
しかし人々は肩甲骨を背骨に縛り付けたがり、結果として猫背や側弯症や巻き肩や肩こりなどいろいろな症状を引き起こす。
肩は、肩甲骨から鎖骨を介して一度胸の真ん中の胸骨へ中心を置き、そして肋骨を介して背骨に頼るようなイメージで支える。上から見ると、ちょうど「目」のようなエネルギーラインとなる。目の上の輪郭は鎖骨、下の輪郭は肩甲骨、黒目は第一肋骨が描く丸である。
背骨の意識を高めるべし
背骨の強い中心意識があれば、肩甲骨によって背骨が引っ張られて猫背や側弯になることもなく、肩も自由に使える。
中心を見失わず、スマートに肉体を使いこなそう。
肉体に関しては、幽体よりもむしろ複雑でわからないことだらけのように思える。
分離されて複雑になった世界でいろいろな経験をするために、この物質世界はつくられ、私達はそこに肉体を置いて探究しているのだろう。
謙虚に、姿勢を正して、探究を続けるべし。
