情報が多すぎる世界、自分に関係ないものは一瞬にして「不要」のラベリングをして注意対象から外す。
それに慣れたつもりになって、整理上手を気取っている人々。
まだ慣れず、情報に心乱される人々。
情報に対する反応は、様々。
そして、わかりやすいものに慣れすぎて、わかりにくいものはすぐに「不要」のラベリングをしてしまう人々がいる。
あるいは、自分の意に沿ったものでないものを「不要」にしてしまう人々もいる。
「不要」にして関わらないようにするだけでなく、「悪」として攻撃してしまう人々もいる。
ラベリングの精度とスピードは重要である。
精度が悪ければ、本当に必要なことを「不要」にし続けてしまう。度々訪れるヒントに対して、半自動的にラベリングしてしまう。
そして結局、気づきと変容の機会を逃し続け、今生を終える。
それもまた経験。多くの人にとって、進化は幾生もの生まれ変わりを要するのかもしれない。ひとつの生は、「結局何を成してきたのだろうな…」というぼんやりした結果しか残らないかもしれない。
しかしそこから脱したいなら、ラベリングのフィルターに執着せず、見直す機会をつくるのが良いかもしれない。