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クリシュナムルティとダンテス・ダイジ

神智学協会によって見出され、様々な教育を受けたり、彼を崇拝する組織をつくられたりしたが、全てを手放して独立の道を歩んだクリシュナムルティ氏。

彼の名前を最初に知ったのは、神智学からの経緯ではなく、ダンテス・ダイジ氏の本だった。

チベット密教について調べていたときに、例の宗教が参考にしたと言われる中沢新一氏の本と並んでよく名前が出てきていた。

ダンテス・ダイジ氏はすでに亡くなっているらしいが、回想録のようなものを書いている人が結構いて、PDFファイルや音声ファイルなども見つかった。

出版されている数冊の本はなんともシンプルな装丁ではあるが、クンダリニーヨーガや禅について解説している下記の本を読んでみることにした。

彼自身の経験や詩なども書かれていて、はちゃめちゃな内容の本だったが、行法の解説は明快で独特なものだった。クンダリニーヨーガの内容に神智学の内容が組み合わされていて、どちらも調べてきた私にとってはとてもしっくりきた。

彼はババジにクンダリニーヨーガを伝授されたという。ということはヨガナンダ氏などのクリヤーヨーガと同じ系統ということになるのだろうか。

また、日本では禅の指導を受けたらしく、この本には只管打坐に関することも書かれていた。

何度も死を意識する行動をしており、結局は断食の末に自ら肉体を離れたという。はちゃめちゃな人であるが、彼と出会った人々の回想録をみてみると、なんとも清々しい人であったことが感じられる。例の宗教のように組織をつくって権威を振りかざしたりしそうな気配など一片も感じない。

そして彼がこの本の冒頭で、「クリシュナムルティの教えが正しく世に広まるならば、この本などは必要なかった」などと述べていることから、クリシュナムルティのことを調べ始めてみることにした。

その前に、ダンテス・ダイジ氏の他の本も読んでみようかと思ったが、タイトルから内容が想像できないものが多くて、普通に出版されている数冊には手が伸びなかった。それよりも、講話録を自費出版している方がいるようだったので、そちらを見てみたくなった。

 

Amazonでも古本として売られているが、すごい値がついていることが多い。出版者の方のサイトをみてみると、東京でも置いている本屋がひとつだけあるらしかった。「それ系の本が置いてある本屋」としてたまに紹介していた場所だが、ここでその本屋を知ることになり、以後たびたび足を運ぶことになる。

普通だったら入るのに勇気がいりそうな本屋だが、もはや怖くなどない。目的の本も難なく定価で手に入れることができた。そういえば三浦関造氏の本も最初はここで買ったのだった。

講話録には、ちょうど私もいた大学の学生に向けてごく少人数で行われた話の数々がまとめられていた。当時は現在よりもスピリチュアルに興味を持つ学生も多かったのだろう。彼はどこでこれらの知識をつけたのだろうか、と思わせるような幅広い知識で、宗教研究などをしている学生たちと話をしていた。中には前世から得た知識などもあったのかもしれない。彼の教え方には、いろいろとヒントをもらえている。

講話録2も後日買ってみたが、出版者の渡辺氏自身が言っているように、1だけでも十分ダンテス・ダイジ氏の考えや人柄が伝わってきたので、以降はいまのところ読んでいない。

さて、クリシュナムルティの本も読んでみることにしよう。いくつかパラパラと読んでみたあと、下記の2冊を買ってみた。

彼の考え方は徹底している。一切の妥協が無いという感じを受ける。

その根底にある姿勢は「アウトサイダーであること」であること。とても共感するものがある。組織を作ったり、崇拝や依存されたりすることは人を不自然に狂わせると感じていた私にとっては、神智学協会などを作って熱心に布教活動をしていた人々よりもクリシュナムルティの言葉のほうが純粋さを感じた。

そしてクリシュナムルティは、アウトサイダーでありつつ、愛を唱える。愛は言葉で表現できるものではないが、彼はいろいろなヒントを教えてくれている。全てのアウトサイダーでありつつ、世界と一体になる、という二元論を超えた状態。などと言うこともできるかもしれないが、議論が巻き起こることは間違いない。

「瞑想」に関しては、私も実践法や教え方などにヒントが欲しかったので、彼の瞑想観はとても参考になった。これもまた一切の妥協が無く、私の考え方と共通していた。目指すべき境地は、「座って◯分瞑想しましょう」などというものではなく、もっと自然な状態なのだ。しかし、初心者にとってはまず入り口として「座って◯分瞑想しましょう」は適していることが多い。人それぞれその瞬間に合ったやり方がある。

彼の妥協の無い表現は、初心者にとっては絶望的な打撃を与えるかもしれない。しかし彼も「プライベートレッスン」をするとしたら、その相手に合った表現を巧みに使っていたのかもしれない。私もその瞬間の相手に合わせていろいろな表現を用いるが、高次元の話ができる相手が訪れたときは、クリシュナムルティのような表現を用いるだろう。その相手を絶望的に打ちのめすことになるかもしれないが、彼もそうやって人を導いてきたのだと思うと、励まされたような気がする。

クリシュナムルティとダンテス・ダイジ、これまで見てきた中でも非常に「純粋」に近い人達のように思えた。「純粋」を邪魔するものを手放していくことが大事。もし純粋さが陰ってきたときは、彼らのことを思い出すことにしよう。

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