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シヴァサンヒター概説【0】ハタヨーガの教典として優れた点・問題点(マリンソン氏による序文)

シヴァサンヒター概説【0】ハタヨーガの教典として優れた点・問題点(マリンソン氏による序文)

他のハタヨーガの教典と比較して、シヴァサンヒターはどんな特徴があるか

現存するハタヨーガの三大教典のひとつ、シヴァサンヒターの概説です。

前記事:シヴァサンヒターの概要|ハタヨーガ三大教典のひとつ

今回は、ジェームス・マリンソン氏による序文を読みながら、他のハタヨーガの教典との比較や、シヴァサンヒターを読み進める上での問題点をまとめます。

原本には序文のようなものは無く、いきなり第1章から始まりますが、マリンソン氏の英訳本には訳者によるシヴァサンヒターの紹介文が含まれています。なのでひとまずタイトルの番号は【0】としました。

参考:ハタヨーガプラディーピカー概説一覧

参考:ゲーランダサンヒター概説一覧

この記事の目次

シヴァサンヒターの各章要約

第1章 重要な原則(宇宙観)

マリンソン氏は「重要な原則」、佐保田氏は「宇宙観」というタイトルをつけています。

「永遠不変の一つの真実がある」という、不二一元的なヴェーダーンタの教えに基づいた宣言から、第1章は始まります。

当時、世間では様々な解脱への道や哲学が説かれていましたが、それらについて簡単に触れながら、結局はシヴァサンヒターで示されるヨーガの道が最上であるとまとめています。

その後、ヴェーダーンタ哲学についての解説がされています。

第2章 知識(人間論)

マリンソン氏は「知識」、佐保田氏は「人間論」というタイトルをつけています。

第2章では、大宇宙と体内の小宇宙の類似性や、ナディなどの微細な体の構造などについて概説されます。

ハタヨーガ特有のヨーガ生理学の基礎的な知識をここで準備してから、実践に入っていくことになります。

第3章 実践(ヨーガの修習)

マリンソン氏は「実践」、佐保田氏は「ヨーガの修習」というタイトルをつけています。

まず体内に分布して流れているプラーナについて説明されます。

そして、ハタヨーガはやはりタントラ(密教)的な教えのため、グル(師匠)の重要性について語られます。グルへの儀礼などを含めて、ヨーガの実践に入るための心構えや条件などもまとめられています。このあたりは、他のハタヨーガの教典と共通するところも多いようです。

プラーナーヤーマ(クンバカ)や4種類のアーサナ(坐法)についてもこの章で説明されています。

第4章 ムドラー

第4章では11種類のムドラーについて解説されています。

これらのムドラーの実践によって、クンダリニーの覚醒やシッディ(成就・様々な超能力)が現れると説明されています。

この章は特に、後述するようにいろいろと問題を孕んでいるようですので注意深く読んでいく必要があるでしょう。

第5章 瞑想(雑録)

マリンソン氏は「瞑想」、佐保田氏は「雑録」というタイトルをつけています。

とても広範囲のジャンルのことが雑多に並べられ、「雑録」というのがふさわしいように感じられます。分量としても200以上の句があり、最も長い章になっています。

チャクラ・ナディ・クンダリニーなどの話や、他のヨーガの話、マントラの唱え方の話などがありつつ、最後の部分で「在家の者でもこのヨーガを実践することで成就に至れる」といったことが説明されていて、家庭を持って仕事をしながらでも、シヴァサンヒターのヨーガは実践できるということを示しています。

シヴァサンヒターの問題点

シヴァサンヒターの訳本

シヴァサンヒターには、多くの訳本があり、世界中で最も読まれているものとして1914年にチャンドラ・ヴァス氏によって訳されたものがあります。現在ネットで調べると、この本がよく見かけられ、PDFで無料配布されているようです。佐保田鶴治氏による「続・ヨーガ根本教典」の日本語訳も、これを元に作成されたようでした。

マリンソン氏は、多くの訳本はこのチャンドラ・ヴァス氏の訳から派生したものか、それよりも劣っていると見ています。そしてこの訳についても疑問を持ち、序文の中でいくつか問題点を指摘しています。

マリンソン氏が指摘する、チャンドラ・ヴァス訳の主な問題点

Firstly, his translation is often inaccurate. Secondly, there is no indication of which Sanskrit manuscript(s) he used, or how he used them. Thirdly, he prudishly omits an important practice, Vajrolimudra, which is found in this volume in verses 4.78-104.

出典:Mallinson, James. The Shiva Samhita: A Critical Edition and an English Translation (English Edition) (Function). Kindle Edition.

以下の3つが主な問題点として挙げられています。

  1. 翻訳がしばしば不正確である。
  2. どの手稿を元に翻訳を行ったのか明らかではない。
  3. ヴァジローリームドラーについての記載が省かれている。

チャンドラ・ヴァス氏の翻訳には、独自の解釈で意訳している部分もあるようで、本来のサンスクリット語の意味を純粋に訳したものではないようです。マリンソン氏は、自分の英訳には原文になかったものは含めず、かつ読みやすい文章にするように心がけたと主張しています。

ヴァジローリームドラーは性的ヨーガに関係する行法で、第4章ムドラーの4.78-104節で説明されていましたが、この部分が丸ごと「prudishly(上品ぶって)」省略されていると指摘しています。実際に読んでみると、確かに男女の性交の合間に行われる生々しいムドラーの方法が示されています。

ヴァジローリームドラーと性的ヨーガ

佐保田氏はチャンドラ・ヴァス氏の訳本を元にしていたようなので、「続・ヨーガ根本教典」では4.78-104の節は日本語訳も省かれており、「ヨーガ根本教典」のハタヨーガプラディピカーの方を参考にせよという注釈が加えられています。そちらではたしかにヴァジローリームドラーが示されていて、これも生々しい描写がありますが、マリンソン氏の英訳によるシヴァサンヒターにはより詳しくやり方が書かれているようでした。

「ヴァジローリームドラー」という行法は、同じ名前でも別のやり方がいろいろあり、たとえばクンダリニー・タントラでサティヤナンダ氏が示しているヴァジローリームドラーは、尿道括約筋を締めたり緩めたりするというシンプルな骨盤底筋トレーニングです。現代では妊婦さんなどにケーゲル体操(キゲール体操)として教えられているものに近いです。

参考:「クンダリニー・タントラ」を読む【43】第3章 6節:スワディシュターナチャクラの覚醒方法

男女の性交を伴うかどうかは大きく判断の分かれるところですが、いずれにしてもハタヨーガの行法の中には「骨盤底筋を自在に使い分ける」ということが重要な要素としてよく現れます。尿道括約筋を締めるヴァジローリームドラー、会陰(女性は子宮口)を締めるムーラバンダ、肛門を締めるアシュウィニームドラーなど、「骨盤底筋」としてまとめてしまわれがちな細かい筋肉を別々に使えるようにする行法が、ハタヨーガ・クンダリニーヨーガの序盤に出てきます。

参考:「クンダリニー・タントラ」を読む【42】第3章 5節:ムーラーダーラチャクラの覚醒方法

また性的エネルギーの凝縮された精液の扱いについては、特に密教的な教えの中では重要なテーマであり、歴史上でも数々の議論がされてきたようです。チベット密教にもヴァジローリームドラーと同様な行法が含まれている流派もあるようでした。

参考:チベット密教/ツルティム・ケサン(著) 正木晃(著)|書籍紹介

性に関係する話は、チャンドラ・ヴァス氏がそうしたように「上品ぶって」避けてしまいがちな話題ではありますが、性的エネルギーというものは人の根源的な活力であり、乱用すると良からぬ結果になりますが、大きな使命を成し遂げるためには上手に活用する必要があるように思えます。ハタヨーガ・クンダリーニヨーガの考え方は、そのあたりを真剣に考えるための重要なヒントを含んでいます。

古典にはやはり男性視点で書かれている行法が多いですが、女性にとっても重要なヒントが含まれているため、注意深く読み解いていく必要があります。

シヴァサンヒター自体の問題点

マリンソン氏は、シヴァサンヒター自体の問題点も序文の中でいくつも指摘しています。

細かいところは今後読み進めながらチェックしていきますが、たとえば「以下に挙げる◯◯が重要である」としていくつかの項目を挙げたあとに、「最も重要なものはこれである」とさっきのリストに含まれていなかったものが本の中のだいぶ離れた場所に出てきたり、あるいは別の場所ではそれと矛盾した項目があったりするなど、整合性がとれていない部分もいくつかあるようです。

これは、他の教典と同じようにシヴァサンヒターはゼロから全て書かれたわけではなく、過去の教典などから引用して作られた「編集物」であるということによるものと考えられます。コピペしてまとめていったら矛盾が生じてしまった感じです。

いくつかの教典を比べてみると、全く同じ句が含まれていることもあったりするので、こういった編集物は多く作られていたと思われます。

なぜこういった矛盾が生じるかというと、ハタヨーガが密教的なものであるということも関係するかと思います。密教は師匠から弟子へ個人的に伝えられるもので、そこで用いられる表現はその瞬間のその弟子にとってのみ最適なものであり、他の人には無効であったり真逆の指示になって混乱させてしまったりすることも大いに有り得ることです(なので私が教える際もプライベート・少人数レッスンを重要視しています)。

密教的な文章を読み解くうえでは、こういったことに気づきを向けながら進めていく必要があります。

シヴァサンヒターが他のハタヨーガの教典とは異なる点

マリンソン氏は様々な問題点を挙げてきましたが、それでもシヴァサンヒターは他のハタヨーガの教典に比べて重要であるということを主張しています。

Despite these problems, the Shiva Samhita is an important text and a repository of teachings not found elsewhere in the Hatha Yogic canon. Unlike other manuals of Hatha Yoga, it does not teach a six- or eight-limbed Yoga. Its pranayama is strikingly simple, and it only mentions pratyahara and samadhi in passing.

出典:Mallinson, James. The Shiva Samhita: A Critical Edition and an English Translation (English Edition) (Function). Kindle Edition.

シヴァサンヒターは、他のハタヨーガの教典とは異なり、6または8支則のヨーガに基づいていないといいます。またプラーナーヤーマのやり方はシンプルに洗練されていて、プラティヤーハーラやサマーディに至るための具体的なやり方を示している唯一の教典であると説明されています。

たしかにプラティヤーハーラ(感覚制御)については、ヨーガスートラを始めとして、ハタヨーガの技法が多数収められているゲーランダサンヒターでも言葉として示されてはいますが、その具体的なやり方はあまり示されていませんでした。

参考:ヨーガスートラ解説 2.54-2.55 〜プラティヤーハーラ(制感・感覚抑止)〜

参考:ゲーランダサンヒター概説4.1-4.5 〜プラティヤーハーラ(制感)〜

ちなみにクンダリニー・タントラでは、プラティヤーハーラのための具体的なクリヤーヨーガが示されています。

参考:「クンダリニー・タントラ」を読む【51】第3章 14節 前半:クリヤーヨーガの実践(プラティヤーハーラ)

As Hatha Yoga, originally the preserve of the unorthodox Nathas, grew in popularity in the medieval period, the orthodox Shaivas sought to incorporate it within their soteriology, and thus the Shiva Samhita may be an example of this appropriation.

出典:Mallinson, James. The Shiva Samhita: A Critical Edition and an English Translation (English Edition) (Function). Kindle Edition.

また、ハタヨーガは主に非正統派であるナータ派(ナート派)によって確立されていったため、ハタヨーガプラディーピカーなどにはナータ(師)への礼拝が含まれていますが、シヴァサンヒターにはそれがありません。マリンソン氏は、非正統派のハタヨーガが中世で流行したため、シヴァ派の正統派もハタヨーガを取り入れていき、シヴァサンヒターはそういった統合の際に生じた教典の一例ではないかと主張しています。

シヴァサンヒターは他のハタヨーガの教典とは異なる立場からまとめられたもので、伝統に関してはあまり言及することなく新たな切り口で編集されたものということになるかもしれません。

次回から、第1章の内容に入っていきます。

次記事:(執筆中)

前記事:シヴァサンヒターの概要|ハタヨーガ三大教典のひとつ

参考文献

ヨーガ根本教典 (続)/佐保田 鶴治 (著)

The Shiva Samhita: A Critical Edition and an English Translation (English Edition)/James Mallinson(著)

男性ヨガインストラクター 高橋陽介の写真

by 高橋陽介

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