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一般的なヨガスタジオではあまり伝えられていない、ヨーガの哲学をちゃんと伝えていこう。

レッスンの中に哲学の話を入れる余裕はまだなかったので、記事を書いてみることにしよう。

今思えば、哲学は「話」として別で伝えるのではなく、アーサナなどの実践の中で醸し出されるものなのかもしれない。それは自分がしっかり実践できていれば、自然と伝わるものである。

その時点ではまだまだ実践できていなかったので、そんな醸し出せるものではないと思っていたが、そういうもんだということには少し気づいていたので、記事を書き始めることは結構長い間躊躇していた。

そもそも禅の考え方では「不立文字」であり、真理は言葉にすることができず、言葉にしてしまった時点でいろいろな解釈や誤解が生まれてしまう。

伝えたいが、言葉にしてしまっていいのだろうか。

しばらく悩んでいたとき、インストラクター講座のディレクターの先生が書かれていた短い記事を見つけて、いくつか読ませていただいた。

あまり積極的に発信するタイプの方ではないと思っていた。言葉少なに温かく見守り、時たまズバっとアドバイスをしてくれる先生だったが、それらの記事からは、飾らない言葉で、ご自分なりの表現で、誠実に伝えようとしている様が伝わってきた。

なるほど、自分なりの表現でいいじゃないか。ひとまず、書き始めてみよう。書いてみないことには、何も始まらない。

ただ、どこまで洗練させても、言葉には限界があることもわかっている。そのことは最初に伝えておこう。

なんともたどたどしい表現で、最初の記事を書いた。

至言去言:至言は言を去る

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