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足の親指から学ぶ、部分と全体の話

足の親指から学ぶ、部分と全体の話

すべては関連しているが、分けて捉えることも経験になる

体の各部分、あるいは物質世界のすべては、単独で存在することなく、関係しあっています。

体をうまく使いたいと思ったとき、各部分を分割して捉える解剖学はひとつのヒントになります。

しかし切り取られた筋肉や骨を並べても命が生まれるわけではなく、生命活動はそれらの関係性によって生まれ、それらを包む「意識」によって営まれます。

さて、私のレッスンのほとんどが足指を動かすことから始めますが、足の親指を動かす「チョキ」の動きが苦手な人も多いようです。

足の5本の指は一体となって使われることが多いですが、あきらかに親指だけは、ほかの4本とは別の筋肉がついています。

手も親指だけ全く異なる構造をしていますが、足も親指だけかなり異なります。

足の親指なんて、動かなくたって歩けるし、たいして重要なことではないと思う人も多いでしょう。

しかし、分割して動かせるようになると、全身の柔軟性と安定性に影響し、疲れにくい・怪我しにくい歩き方や走り方もできるようになります。

分割できた人にしか、わからない境地があります。分割しようとさえ思わない人にとっては、今世ではそれに気づくことはないでしょう。

体に限らず、物事はみんな、そんな感じです。ぜんぶごっちゃに一体となって捉えているときは気づかないことが多いのです。

組織にどっぷり所属しているときは、組織の良いところや悪いところに気づくことは難しいのです。

一度、徹底的に分割して捉えてみるのは良い経験になります。

徹底的に分割していくと、筋肉や組織の話から、細胞や原子の話になっていきます。

原子ひとつにさえ、「輪郭」があります。

「私」という「領域」を持っている、「エゴ」を持っている、とも言えるかもしれません。

そういうエゴがたくさん集まって、いま人間という「私」の輪郭をつくって、生きて動いている。

人間としての「私」があつまって、「地域」になったり「国」になったり、「星」になったり。

しかし筋肉と骨と建物を並べても、同じような国の営みは始まりません。

このあたりを厳密に話すと唯物論や唯識論の話になってきますが、いずれにしても「意識」という概念があると便利な気がします。(「意識」も物質なのか?という話はまた別の議論として)

生命活動や国の営みや星の営みが起こっているところには、それらをまた包む大きな「意識」があるのでしょう。

さて足の親指には、動かすための仕組みは整っていますが、これも「意識」を通さなければ動きません。

足の親指にもエゴがあります。他とは違う存在であると。

明らかに違いがあるのに、他の指と同列に扱われていた親指の才能に、気づいて意識を向けてあげたとき、親指は初めてその才能を生かそうとしはじめるかもしれません。

あまりに休眠期間が長かったり、「いやそんなふうには動かないよ」という先入観が強すぎたりすると、なかなか動き出すまで時間がかかるかもしれませんが、意識を向けることで確実に変化は起こります。

「じゃあ、どうしたら意識が通るのか?」そこは自分で気づくしかないのです。そこまで他力に頼っては、ただの操り人形です。

実際、他者の意識によって操り人形になってしまっている人も多いです。その支配から抜け出すためにも、気づきが必要です。

私は支配するつもりはないので、気づくためのヒントしか教えられません。そのための、なるべく質の良いヒントになれば良いなと思うことを、人それぞれ違った形で、レッスンではお伝えしています。

機能解剖学事典

経絡・経穴・ナディ・マルマ・チャクラ論

参考文献(画像出典)

筋肉のしくみ・はたらき パーフェクト事典

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