ハタヨーガの古典の中で、最も体系化されているとして重要視されているハタヨーガプラディーピカー。
今回は、ムドラーの章の最後に書かれている、クンダリニーを目覚めさせるために重要とされるシャクティ・チャーラナ・ムドラーに関する部分を紹介します。
以下、日本語訳は「ヨーガ根本経典/佐保田鶴治」から引用しています。
力をこめて、クンダリニーを用いて解脱の門を開くべし
3.103 クティランギー、クンダリニー、ブジャンギー、シャクティ、イーシヴァリー、クンダリー、アルンダティ等はすべてシャクティ・チャーラナの同義語である。
3.104 あたかも力をこめて、鍵で扉をあけるように、ヨーギーはクンダリニーを用いて解脱の門を開くべし。
力づくでクンダリニーを目覚めさせるというハタヨーガの目的を果たすために、最後に教えられているムドラーです。
シャクティという語は様々な場面で用いられますが、単に「エネルギー」を指す場合もあり、その姿は女性や女神として描かれたり、蛇として描かれる場合もあります。
ほぼ同義語として扱われるクンダリニーも、骨盤底あるいは尾骨の先端で3回半とぐろを巻いて眠っている蛇として例えられます。
クンダリニーを目覚めさせて、身体の中央にあるスシュムナー管を通って頭(ブラフマ・ランドラ)へ導くというのが多くのヨーガにおける目的となりますが、ハタヨーガの技法はこれを身体的な刺激を用いて「力づくで(ハタ)」行うという特徴があります。
クンダリニーに関する描写
3.105 かの至高なる女神(クンダリニー)は、かの無病なる梵の座処(ブラハマ・ランドラ)に行くべき道の入口を顔面でもってふさいで、眠っている。
3.106 クンダリー・シャクティはカンダの上方で眠っている。このことは、ヨーギーにとっては解脱の因となり、痴人には束縛の因となる。
3.108 ガンガーとヤムナーの両河の中間にいる若い女苦行者を力ずくで捕えるべし。そのことがわれらをヴィシヌの至高処へみちびいてくれるのである。
3.109 聖なるガンガー河とはイダー気道のことであり、ヤムナー河とはピンガラ気道のことである。イダーとピンガラの中間に居る若い女とはクンダリニーのことである。
3.112 カンダ座はコーモンから十二指(二二センチ)だけ上方にあり、四指(七・三センチ)の広さを有し、やわらかくてまっ白な、たたんだ衣服のような形をしている、といわれている。
これらの文章から、クンダリニーがどのあたりで眠っていて、どのように上昇させるべきかが分かってきます。
ここではクンダリニーがカンダにいると言われていますが、現代における一般的な解釈である「骨盤底または尾骨」とは異なるようです。
身体のセンターライン上かつ骨盤あたりにいるというクンダリニーを、上方へと導くことが、シャクティチャーラナムドラーの目的です。
成瀬雅春氏の書籍によれば、このシャクティチャーラナムドラー(シャクティ・チャーラニー・ムドラー)がクンダリニーヨーガにおいて最重要な行法であるとされています。
シャクティ・チャーラナ・ムドラーのやり方
3.111 いつもはムーラダラ・チャクラに休ろうているこの蛇を、右鼻でイキを吸った後、パリダーナの方法で捕えて、朝夕に一時間半の間歩きまわらせるべし。
3.113 ヴァジラ・アーサナの坐形を組み、両手でもって両足を、クルブシの近くで、しっかりとつかみ、足でもってカンダの部位を強く圧迫すべし。
3.114 行者はヴァジラ坐を組んで坐し、クンダリニーを動き出させた後、直ちにバストリカー調気法をなして、クンダリニーをすみやかに目覚めさすべし。
3.115 ヘソを引きしめることによってヘソの近くにある太陽のひきしめをなし、それによってクンダリニーを動き出させるべし。そうしたならば、たとえ死の口のなかにあっても、死の恐れはあり得ない。
3.111節の「パリダーナ」は佐保田氏によれば「衣でつつむ」という意味のようですが、おそらくは何かの比喩であり、具体的なやり方は書かれていません。
3.113節のヴァジラ・アーサナは、現代では正座の形ですが、正座では足をつかんだり足でカンダを押したりすることはできなさそうな気がします。おそらくはパドマーサナの間違いであろうと佐保田氏は解釈しています。ヴィーラーサナ(現代では割座)が半跏坐のような形として示されていたように、もしかすると昔のハタヨーガにおけるヴァジュラーサナは別の形のアーサナなのかもしれません。
3.115節の「太陽」は、ヘソの下のカンダのことか、あるいはヘソの上の太陽神経叢のことかもしれません。
このあとの節でもバストリカーが扱われ、このプラーナーヤーマは特に重要そうに書かれています。そのためか、YouTubeでKundalini Yogaの動画を検索すると、いろんなアーサナを行いながらバストリカーを行っている人の動画などがみつかります(バストリカーは強力なので、うかつにマネしないほうがいいと思います)。
シャクティチャーラナムドラーのやり方は、ハタヨーガプラディーピカーの中でも断片的に書かれていてはっきりしません。また、他の教典では異なるやり方が示されていたり、「シャクティチャーラナ」という意味は共通であったとしても、そのやり方は様々だったのかと思われます。
結局は「師匠に教わるべし」ということなのでしょう。そして、師匠はそれぞれの弟子に合ったやり方を教えたのでしょうから、やり方も様々であったのも自然かもしれません。
ところで、前記事では性的ヨーガに関する記述を紹介しましたが、
3.120 梵行(禁欲)を楽しみ、いつも健康によい食物を節度を守って摂るところのクンダリニー練行者は四十日にして霊力の発現を見ることができる。
ここでは禁欲が効果的と言っています。
ハタヨーガプラディーピカーの中でもいろんな道のりがあるということなのか、後から誰かが付け加えたり除いたりしたのか、解釈次第なのか、はっきりしないこともたくさんありますので、注意深く読み進める必要があります。
(次)ハタヨーガプラディーピカー概説 3.125-3.129 〜ラージャヨーガへ〜
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参考文献
「サンスクリット原典 翻訳・講読 ハタヨーガ・プラディーピカー」菅原誠 (著)
「Asana Pranayama Mudra Bandha 英語版」Swami Satyananda Saraswati (著)