ハタヨーガの重要な教典の中でもたくさんの技法が載っている、ゲーランダサンヒターを読んでいきます。
今回は、プラーナーヤーマの中心行法であるクンバカについて説明されている部分を紹介します。
下記引用部分は、特に記載のない限り「ヨーガ根本教典 (続) /佐保田鶴治」を出典とします。
8種のクンバカ、ハタヨーガプラディーピカーとの比較
5.46 クンバカには八種ある。
一 サヒタ(Sahita)
二 スーリァ・ベーダ(Sūrya-bheda)
三 ウジァーイー(Ujjāyī)
四 シータリー(Sītalī)
五 バストゥリカ(Bhastrika)
六 ブラーマリー(Bhrāmarī)
七 ムールッチァー(Murcchā)
八 ケーヴァリー(Kevalī)
ハタヨーガプラディーピカーで挙げられているクンバカは、下記の8種類でした。
参考:ハタヨーガプラディーピカー概説 2.39-2.47 〜プラーナーヤーマの種類・バンダの使い方〜
- スーリア・ベーダナ
- ウジャーイー
- シートカーリー
- シータリー
- バストリカー
- ブラーマリー
- ムールチャー
- プラーヴィニー
列挙されたものを比較すると、シートカーリーとプラーヴィニーがなくなり、サヒタとケーヴァリー(ケーヴァラ)が追加されているようです。
ハタヨーガプラディーピカーの中でもサヒタ・クンバカとケーヴァラ・クンバカについても述べられていますが、これらは具体的な行法というよりは止息の状態そのものであり、サヒタは意図的に行う止息、ケーヴァラは最終的なゴールに至った者が達する自然な止息として、別格に扱われています。現代ヨガでも同様な解釈が主流です。
参考:ハタヨーガプラディーピカー概説 2.71-2.78 〜最後のプラーナーヤーマ、ケーヴァラ・クンバカ〜
カタカナ表記に関しては、引用部分は佐保田氏の表記にならいますが、見出しや私の解説に関しては現代一般的に用いられている表記を使うことにします。
サヒタ(サガルバ・ニルガルバ)
5.47 サヒタ・クンバカには二種ありとされている。(一)サガルバと(二)ニルガルバである。サガルバは種字(ビージァ)を唱えて行うものにして、ニルガルバは種字の誦唱を省いたものである。
5.48 最初にサガルバ・プラーナーヤーマを解説しよう。スカ・アーサナの体位で、東方または北方に向かって坐り、かのラジァスのグナから成り、血の如くに赤い色の梵神を、種字ア音の形で念想すべし。
5.49 賢明なる行者は、左の鼻(イダー)でもって、アムを十六返唱える間イキを吸うべし。吸息を終わり、クンバカを始める時にウディーヤーナ・バンダをなすべし。
5.50 次に行者はサットヴァ・グナから成り、黒色を帯びたハリ神を、ウ音を六十四返唱える間クンバカ(保息)して、念想すべし。
5.51 次に、タマス性にしてマ音を種字とし、白色を帯びたシヴァ神を念想しつつ、マ音を三十二返唱える間、規定に従って右鼻からイキを吐くべし。
5.52 そして今度はイキを右鼻から吸い、クンバカをして保息し、左鼻から吐くべし。その後は同一の種字を順次に使って呼吸をなすべし。
5.53 鼻を替えては、繰り返して調気を行うべし。吸息が終われば、クンバカ中は双方の鼻孔を、左鼻をば小指と無名指とで、右鼻をば親指でもって、押さえている。人差し指と中指は使わないのである。
現代ヨガでは単に「意図的な止息」を意味することの多いサヒタ・クンバカですが、ゲーランダサンヒターにおいては片鼻呼吸法を用いたものが示され、マントラと思念を組み合わせたサガルバと、それらを用いないニルガルバが指示されています。ガルバは「子宮」の意味。
吸息・止息・呼息の長さの割合は、他の片鼻呼吸法と同様に1:4:2になっていて、左から吸って・止めて・右から吐き、右から吸って・止めて・左から吐くという順番も同様ですが、止息のときにウディーヤーナバンダを行うというところが少し異なります。
ここでは、マントラとイメージが重要になります。
左鼻から吸うときは、
グナ:ラジャス
色:赤
神:ブラフマー・創造
種字:アム
長さ:16マートラー
止めるときは、
グナ:サットヴァ
色:黒
神:ハリ(ヴィシュヌ)・維持
種字:ウ
長さ:64マートラー
右鼻から吐くときは
グナ:タマス
色:白
神:シヴァ・破壊
種字:マ
長さ:32マートラー
といった形で、3つのグナや三位一体の神などをイメージとして用いながら呼吸法を行うということです。
ここで用いられる3つの種字をつなげると、AUM(オーム)となります。
5.54 ニルガルバ・プラーナーヤーマはビージャ(種字)・マントラの誦唱なしでなされる。吸息、保息、呼息のマートラー(時間単位)は一マートラーから始まり、一〇〇マートラーに及ぶ。
5.55 その中で最上は吸息が二〇マートラー、中位は一六マートラー、下位は一二マートラーであり、プラーナーヤーマには三種ありと伝えられている。
ニルガルバ・プラーナーヤーマではマントラやイメージを伴わずに淡々と呼吸を行います。吸う:止める:吐くの割合は1:4:2であると思われるので、最上級の吸息20マートラーの場合は、20:80:40となり、とても長い呼吸になります。
スーリヤ・ベーダ
5.58 ゲーランダ師は説かれた。われはサヒタ・クンバカを説き終わった。今やスーリァ・ベーダを教えよう。
まず日の気道(右鼻)で外界の空気を力のかぎり吸うべし。5.59 ジァーランダラ(ノドの引きしめ)とともにクンバカをして、汗がツメのさきや毛髪の根からにじみ出るまで、大いに頑張って保息すべし。
5.66 上記のヴァーユ(気)のすべてを日(右)の気道によって分離して、ヘソの根から引き上げ、その後で、イダー気道によって吐くべし。しっかりと、力をゆるめずにイキを吐くべし。
現代ヨガでも行われている、体を温めたりするときに用いられる呼吸法です。この説明は、ハタヨーガプラディーピカーともほとんど同じです。
息を止めるときに、ハタヨーガプラディーピカーでは「毛髪やツメの先まで気がこもるまで保息すべし」といった表現になっています。
ただ、ゲーランダサンヒターにおいては体内および体外に流れている10のヴァーユ(気)についての説明が細かくなされています。スーリヤ・ベーダのベーダは「分離する」「破壊する」といった意味があり、外から取り込んだ気を分離して体内の10のヴァーユに結合させる、という意味にもとれますが、ここでの説明でははっきりとわかりません。
参考:スーリヤベダナ・プラーナーヤーマ(太陽の呼吸法)〜ヴァータをバランス、体を活発にし温める〜
ウジャーイー
5.69 両方の鼻で外気を吸って口内に保持すべし、また、内気を肺とノドから引き上げて口内に保持すべし。
5.70 それから口を洗って、ジァーンダラ・バンダ(ノドのしめつけ)をなすべし。そして、続けられる限りクンバカ(止息)をなし、妨げられることなく、止息を維持すべし。
この説明は、現代ヨガで使われているウジャーイー呼吸とも異なり、ハタヨーガプラディーピカーの説明とも異なります。
参考:ハタヨーガプラディーピカー概説 2.48-2.58 〜プラーナーヤーマのやり方・前半〜
「口を洗って」が何を意味するのかは定かではありませんが、口から息を吐くという意味と捉えるとしたら、息を吐いた後にクンバカをする形になります。
効果としては、特にカパ系の病気などをなくすと言われています。
シータリー
5.73 舌を使ってイキを吸い、徐々に胃を充たすべし。ほんのしばらくクンバカをしてから、両鼻を通じて吐くべし。
ハタヨーガプラディーピカーではもう少し細かい説明がされており舌を管のように丸めて空気を吸いこむというやり方が示され、現代ヨガでもこのやり方が使われます。
ゲーランダサンヒターのやり方では、舌を丸めるとまでは書いていないようですが、身体を冷やすための呼吸法という意図は同じのようです。
効果としてはピッタ・カパ系の病気をなくすと言われています。
参考:シータリー・プラーナーヤーマ 〜ピッタをバランス、熱を下げる呼吸法〜
バストリカー
5.75 鍛冶屋のふいごが交替して前後に動くように、両鼻を通じてイキを少しずつ連続して出し入れすべし。
5.76 かくの如く二〇回行った後、クンバカをなすべし。クンバカが終わると、再び前記の如くイキを出し入れすべし。
5.77 賢者にして、このバストゥリカ・クンバカを三回行なったならば、いかなる疾患も苦痛も無く、毎日無病息災であるであろう。
ハタヨーガプラディーピカーでは数節を費やしてやり方や効果が説明されており、現代のクンダリニーヨーガでも重要とされている呼吸法ですが、ゲーランダサンヒターでの説明はとても簡潔です。
とても強力な呼吸法であり、初心者はとくに回数やペースに気をつけなくてはなりません。ゲーランダサンヒターでは、回数の指示が加えられています。
参考:バストリカープラーナーヤーマ(火の呼吸法・ふいごの呼吸法)〜胃腸の働きを高め、様々な病気を消し去る〜
ブラーマリー
5.78 夜半過ぎた頃に、生きものの声が全くしない所で、両手で両耳をふさいでプーラカ・クンバカをなすべし。
5.79 そうすると、右の耳のなかで内から発する心地よい音が聞こえるであろう。初めに蟋蟀の声、次にはフルートの音、それから、雷、太鼓、蜂、銅鑼、さらに進むと、トランペット、湯わかし太鼓、ムリダンガ鼓等の騒音楽器の音及び太鼓の音が聞こえてくる。
ブラーマリーも現代ヨガで行われますが、このやり方とは異なります。耳をふさいでからハミングをして頭の中に音を響かせるようなやり方をする呼吸法で、うつ病などにも効果があると言われています。
ここ指示されているブラーマリーは、耳を塞いで、息を吸って(プーラカ)から止めて待つことによって、自然に聞こえてくる音を感じるというものです。瞑想が深まると、体内からいろいろな音が聞こえてくると言われています。
ムールッチャー
5.83 気楽にクンバカをして、こころを眉間におく。すべての対象を捨てたならば、こころが恍惚となって、愉悦が生ずる。アートマン(真我、霊魂)にこころが結びつくことから必然に歓喜が生ずるのである。
現代ヨガではあまり行われない呼吸法で、ムールッチャーとは恍惚とした状態や気絶した状態などを表します。
やり方としては、ただクンバカをして眉間に集中せよとシンプルに示されています。ハタヨーガプラディーピカーではジャーランダラバンダを加える別のやり方が示されています。
ケーヴァラ
5.84 すべて人間の気息はハムの音を立てて出てゆき、サハの音を立てて入ってくる。昼夜を通じて二万一千六百回の呼吸がある。生きものはいつもアジァパーという名のガーヤトリー調讃歌を唱えているわけである。
5.85 ハムとサハはムーラダーラと心臓の蓮華と両鼻孔の合流点の三ヵ所で結合してアジァパー誦文になる。
5.90 今日から始めて生ある限り、しっかりと、ケーヴァラ・クンバカにあたっては、マントラの計算を誤ることなく、かのアジャパー・ガーヤトリーによって計えられるマントラのみを誦すべし。
吐く・吸うといういつもの呼吸に、ハム・サハというマントラを当てはめることで、人はいつも1日21,600回(人の平均的な1日の呼吸数)もハム・サハのマントラを唱えているのだとする考え方です。ハム・サハは合わせるとハンサ、白鳥あるいは目覚めた者を指す言葉になります。
同様の考え方で、吸う息をソー、吐く息をハムとする「ソー・ハム瞑想」というものもよく行われます。
アジャパーとはジャパ(唱える)の否定形であり、声に出さず唱えるということです。
ムーラーダーラ・心臓・両鼻孔の合流点は、第1チャクラ・第4チャクラ(アナーハタ)・第6チャクラ(アジュニャー)を表していると思われます。
この行を行っている間はしっかりとアジャパーした数を数え、その数をだんだんと多くしていくべしと指示されています。いろいろな考え方がありそうですが、このマントラを意識しながら呼吸するということは、無意識に呼吸しているときよりも、とても呼吸に対して意識が向いている状態になります。このように大切に行う呼吸が、1日の中で1つでも多くなっていけば、より心身への意識が高まっていくのであろうと思われます。
ハタヨーガプラディーピカーや現代ヨガで考えられている、意図しないクンバカであるケーヴァラクンバカとはかなり異なるもので、とても意図的なクンバカではありますが、ゲーランダサンヒターではとても重要な行として扱われています。
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