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ヨーガスートラ解説 3.39-3.50 〜その他もろもろ超能力〜

ヨーガスートラ解説 3.39-3.50 〜その他もろもろ超能力〜

たくさんの超能力が得られるらしいですけれども

ヨーガスートラを私なりに読み進めていくシリーズ。

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英訳出典:http://yogasutrastudy.info/
サンスクリット語辞書:http://spokensanskrit.org/

訳者の略称は下記の通りです。
[SS]: Swami Satchidananda
[SV]: Swami Vivekananda

Sutra 3.39(3.38)

बन्धकारणशैथिल्यात्प्रचारसंवेदनाच्च चित्तस्य परशरीरावेशः॥३८॥
bandha-kāraṇa-śaithilyāt pracāra-saṁvedanācca cittasya paraśarīrāveśaḥ ॥38॥

(読み)バンダカーラナ シャイティリャート プラチャーラ サンヴェーダナーッチャ チッタスヤ パラシャリーラーヴェーシャハ

(訳)心を体に縛り付けている原因を緩めることによって、そして心の作用が働く過程に関する知によって、他者の体に入り込むことができる。

[SS]: By loosening the cause [of the bondage of the mind to the body] and by knowledge of the procedure of the mind-stuff’s functioning, entering another’s body is accomplished.

[SS訳]: 心を体に縛り付けている原因を緩めることによって、そして心の作用が働く過程に関する知によって、他者の体に入り込むことができる。

[SV]: When the cause of bondage has become loosened, the Yogi, by his knowledge of manifestation through the organs, enters another’s body.

[SV訳]: 束縛の原因が緩められるとき、ヨーギは、感覚器官を通した顕現に関する知によって、他者の体に入り込むことができる。

Sutra 3.40(3.39)

उदानजयाज्जलपङ्ककण्टकादिष्वसङ्ग उत्क्रान्तिश्च॥३९॥
udāna-jayāat jala-paṇkha-kaṇṭakādiṣv-asaṅgo-‘tkrāntiśca ॥39॥

(読み)ウダーナジャヤート ジャラパンカ カンタカーディシュワサンガ ウトカラーンティシュチャ

(訳)ウダーナ気(上向きの生気)を支配することによって、ヨーギは水・沼地・棘の上に浮くことができるようになる。

[SS]: By mastery over the udana nerve current (the upward vital air), one accomplishes levitation over water, swamps, thorns, etc. and can leave the body at will.

[SS訳]: ウダーナ気(上向きの生気)を支配することによって、水・沼地・棘などの上に浮くことができるようになり、そして望むままに体を離れることができる。

[SV]: By conquering the current called Udana the Yogi does not sink in water, or in swamps, and he can walk on thorns.

[SV訳]: ウダーナと呼ばれる流れを支配することによって、ヨーギは水・沼地に沈むことがなくなり、棘の上を歩くことができるようになる。

Sutra 3.41(3.40)

समानजयाज्ज्वलनम्॥४०॥
samāna-jayāj-jvalanam ॥40॥

(読み)サマーナジャヤージュヴァラナン

(訳)サマーナ気(均一化を司る生気)を支配することによって、体は輝きに包まれる。

[SS]: By mastery over the samana nerve current (the equalizing vital air) comes radiance to surround the body.

[SS訳]: サマーナ気(均一化を司る生気)を支配することによって、体は輝きに包まれる。

[SV]: By the conquest of the current Samana he is surrounded by blaze.

[SV訳]: サマーナの流れを支配することによって、ヨーギの体は光輝に包まれる。

Sutra 3.42(3.41)

श्रोत्राकाशयोः संबन्धसंयमाद्दिव्यं श्रोत्रम्॥४१॥
śrotra-ākāśayoḥ saṁbandha-saṁyamāt divyaṁ śrotram ॥41॥

(読み)シュロートラーカーシャヨーホ サンバンダーサンヤマート ディヴヤン シュロートラン

(訳)耳とエーテル(空間)との間の関係にサンヤマを行うことによって、超自然的な聴覚が得られる。

[SS]: By samyama on the relationship between the ear and ether, supernormal hearing becomes possible.

[SS訳]: 耳とエーテル(空間)との間の関係にサンヤマを行うことによって、超自然的な聴覚が得られる。

[SV]: By making Samyama on the relation between the ear and the Akaca comes divine hearing.

[SV訳]: 耳とアーカーシャ(エーテル・空間)の間の関係にサンヤマを行うことによって、神性を伴った聴覚が得られる。

Sutra 3.43(3.42)

कायाकाशयोः संबन्धसंयमाल्लघुतूलसमापत्तेश्चाकाशगमनम्॥४२॥
kāyākāśayoḥ saṁbandha-saṁyamāt laghu-tūla-samāpatteśca-ākāśa gamanam ॥42॥

(読み)カーヤーカーシャヨーホ サンバンダ サンヤマート ラグロゥーラサマーパッテーシュチャーカーシャ ガマナン

(訳)体とエーテル(空間)の間の関係にサンヤマを行うことによって、綿のような軽さが得られ、エーテルの中を自由に移動することができるようになる。

[SS]: By samyama on the relationship between the body and ether, lightness of cotton fiber is attained, and thus traveling through the ether is possible.

[SS訳]: 体とエーテル(空間)の間の関係にサンヤマを行うことによって、綿のような軽さが得られ、エーテルの中を自由に移動することができるようになる。

[SV]: By making Samyama on the relation between the Akaca and the body the Yogi becoming light as cotton wool goes through the skies.

[SV訳]: 体とアーカーシャ(エーテル・空間)の間の関係にサンヤマを行うことによって、ヨーギは綿のように軽くなり、空を飛ぶことができる。

Sutra 3.44(3.43)

बहिरकल्पिता वृत्तिर्महाविदेहा ततः प्रकाशावरणक्षयः॥४३॥
bahir-akalpitā vr̥ttiḥ mahā-videhā tataḥ prakāśa-āvaraṇa-kṣayaḥ ॥43॥

(読み)バヒラカルピター ヴルッティヒ マハーヴィデーハ タタハ プラカーシャーヴァラナ クシャヤハ

(訳)体の外にあって認識されていなかった思考の波にサンヤマを行うこと(マハーヴィデハ・偉大なる脱身)によって、真我の光を覆っていたベールが破壊される。

[SS]: By samyama on thought waves unidentified by and external to the body [maha-videha, or the great bodilessness], the veil over the light of the Self is destroyed.

[SS訳]: 体の外にあって認識されていなかった思考の波にサンヤマを行うこと(マハーヴィデハ・大脱身)によって、真我の光を覆っていたベールが破壊される。

[SV]: By making Samyama on the real modifications of the mind, which are outside, called great disembodiness, comes disappearance of the covering to light.

[SV訳]: 体の外にある真の心の働きにサンヤマを行うこと(大脱身)によって、光を覆っていたものが消え去る。

Sutra 3.45(3.44)

स्थूलस्वरूपसूक्ष्मान्वयार्थवत्त्वसंयमाद भूतजयः॥४४॥
sthūla-svarūpa-sūkṣma-anvaya-arthavattva-saṁyamāt bhūtajayaḥ ॥44॥

(読み)ストゥーラ スヴァルーパ スークシュマーンヴァヤールタヴァットヴァ サンヤマート ブータジャヤハ

(訳)自然界を構成する要素(五大元素:土・水・火・風・空の順番に粗大→微細となっていく)の本質・相互関係・目的に対してサンヤマを行うことによって、それらに対する支配が得られる。

[SS]: By samyama on the gross and subtle elements and on their essential nature, correlations and purpose, mastery over them is gained.

[SS訳]: 粗大・微細な要素およびそれらの本来の状態・相互関係・目的に対してサンヤマを行うことによって、それらに対する支配が得られる。

[SV]: By making Samyama on the elements, beginning with the gross, and ending with the superfine, comes mastery of the elements.

[SV訳]: 粗大な要素から超微細な要素に至るまでサンヤマを行うことによって、それらの要素への支配が得られる。

Sutra 3.46(3.45)

ततोऽणिमादिप्रादुर्भावः कायसंपत्तद्धर्मानभिघातश्च॥४५॥
tato-‘ṇimādi-prādurbhāvaḥ kāyasaṁpat tad-dharānabhighātśca ॥45॥

(読み)タトーニマーディ プラードゥルバーヴァハ カーヤサンパト タッダラーナビガートシュチャ

(訳)それによって、アニマ(体を小さくする力)などその他のシッディ、体の完全化、体の機能が自然界の要素によって影響を受けなくなる能力が得られる。

[SS]: From that comes attainment of anima and other siddis, bodily perfection and the non-obstruction of bodily functions by the influence of the elements. [Note: the eight major siddhis alluded to here are: anima (to become very small); mahima (to become very big); laghima (very light); garima (heavy); prapti (to reach anywhere); prakamya (to achieve all one’s desires); isatva (ability to creat anything); vasitva (ability to command and control everything).]

[SS訳]: それによって、アニマやその他のシッディ、体の完全化、そして体の機能が自然界の要素から影響を受けなくなる能力が得られる。(8つの主要なシッディは以下の通り。)

  • アニマ:体を非常に小さくする
  • マヒマ:体を非常に大きくする
  • ラギマ:とても軽くなる
  • ガリマ:重くなる
  • プラプティ:どこにでも行ける
  • プラカーミヤ:すべての望みを叶える
  • イーシャットヴァ:すべてを創り出す
  • ヴァシットヴァ:全てを支配しコントロールする

[SV]: From that comes minuteness, and the rest of the powers, “glorification of the body,” and indestructibleness of the bodily qualities.

[SV訳]: それによって、体を小さくする力などその他のシッディ、体の完全化、自然界の要素によって体の機能が妨害されなくなる能力が得られる。

Sutra 3.47(3.46)

रूपलावण्यबलवज्रसंहननत्वानि कायसंपत्॥४६॥
rūpa-lāvaṇya-bala-vajra-saṁhananatvāni kāyasaṁpat ॥46॥

(読み)ルーパラーヴァニャ バラヴァジラ サンハナナトヴァーニ カーヤサンパト

(訳)体の完全化は、美・気品・強さ・揺るぎない強健によって成される。

[SS]: Beauty, grace, strength, and adamantine hardness constitute bodily perfection.

[SS訳]: 体の完全化は、美・気品・強さ・揺るぎない強健によって成される。

[SV]: The glorifications of the body are beauty, complexion, strength, adamantine hardness.

[SV訳]: 体の完全化は、美・色艶・強さ・揺るぎない強健によって成される。

Sutra 3.48(3.47)

ग्रहणस्वरूपास्मितान्वयार्थवत्त्वसंयमादिन्द्रियजयः॥४७॥
grahaṇa-svarūpa-asmitā-avaya-arthavattva-saṁyamāt-indriya jayaḥ ॥47॥

(読み)グラハナ スヴァルーパースミターヴァヤールタヴァットヴァ サンヤマート インドリヤ ジャヤハ

(訳)感覚器官および自然界の本質(エゴと感覚器官の目的の間の相互関係)にサンヤマを行うことによって、それらに対する支配が得られる。

[SS]: By samyama on the power of perception and on essential nature, correlation with the ego sense and purpose of the sense organs, mastery over them is gained.

[SS訳]: 知覚する能力および自然界の本質(エゴと感覚器官の目的の間の相互関係)にサンヤマを行うことによって、それらに対する支配が得られる。

[SV]: By making Samyama on the objectivity, knowledge and egoism of the organs, by gradation comes the conquest of the organs.

[SV訳]: 感覚器官の目的・知・エゴに対してサンヤマを行うことによって、次第に感覚器官に対する支配が得られていく。

Sutra 3.49(3.48)

ततो मनोजवित्वं विकरणभावः प्रधानजयश्च॥४८॥
tato mano-javitvaṁ vikaraṇa-bhāvaḥ pradhāna-jayaś-ca ॥48॥

(読み)タトー マノージャヴィトヴァン ヴィカラナ バーヴァハ プラダーナ ジャヤシュチャ

(訳)それによって、迅速な心、感覚器官を必要としない体、自然界の根因(プラクリティ)への支配を得る。

[SS]: From that, the body gains the power to move as fast as the mind, ability to function without the aid of the sense organs, and complete mastery over the primary cause (Prakriti).

[SS訳]: それによって体は、心と同じくらい速く動く力、感覚器官の助けを借りずに知覚する力、そして根因(プラクリティ)への完全な支配を得る。

[SV]: From that comes glorified mind, power of the organs independently of the body, and conquest of nature.

[SV訳]: それによって、心の完全化、感覚器官を必要としない体、自然界への支配を得る。

Sutra 3.50(3.49)

सत्त्वपुरुषान्यताख्यातिमात्रस्य सर्वभावाधिष्ठातृत्वं सर्वज्ञातृत्वं च॥४९॥
sattva-puruṣa-anyatā-khyātimātrasya sarva-bhāvā-adhiṣṭhātr̥tvaṁ sarva-jñātr̥tvaṁ ca ॥49॥

(読み)サットヴァ プルシャーンヤター クヒャーティマートラスャ サルヴァ バーヴァーディシュタートルトヴァン サルヴァ ンニャートルトヴァン チャ

(訳)サットヴァ(「心」を含む、自然界)と真我との違いを識別することによって、すべての状態・形態における存在への支配が「全知」として得られる。

[SS]: By recognition of the distinction between the sattva (pure reflective nature) and the Self, supremacy over all states and forms of existence [omnipotence] is gained as is omniscience.

[SS訳]: サットヴァ(純粋な自然界の投影)と真我との違いを識別することによって、すべての状態・形態における存在への支配が「全知」として得られる。

[SV]: By making Samyama on the Sattva, to him who has discriminated between the intellect and the Purusa comes omnipresence and omniscience.

[SV訳]: サットヴァ(純粋な自然界の投影)に対してサンヤマを行うことによって、知性とプルシャ(真我)の違いを識別する者には、普遍の全知が訪れる。

解説・考察

さて、超能力シリーズもここまで。魅力的な超能力が語られ、それらに執着しないようにと繰り返し念を押されています。

3.39節では、他者の体に入り込むという能力が述べられています。

これはどんなふうに働くのかというと、ヨガナンダ氏の本などによく描かれていますが、瞑想がうまくできない弟子に対して師匠が心に直接働きかけてアドバイスをしたりといった使われ方をするようです。「あなたの心に直接語りかけています…」的なアレです。

3.40・3.41節では、ウダーナ気・サマーナ気というものが語られます。

これは後世のハタ・ヨーガやアーユルヴェーダでも出てくる考え方で、体の中には5種類の風(ヴァータ)の流れがあると定義されています。

  • プラーナ(座:喉から横隔膜→呼吸や発話を担当)
  • アパーナ(座:臍から骨盤底→下向きの気・排出を担当)
  • サマーナ(座:心臓から臍→消化・血液の循環を担当)
  • ウダーナ(座:首から上・肩・腕→上向きの気・感覚器官・思考・筋肉の動きなどを担当)
  • ヴャーナ(座:体全体または心臓→全体のバランスを担当)

それぞれの働きや座には諸説ありますが、これはハタ・ヨーガの本(Asana Pranayama Mudra Bandha/Swami Satyananda)から引用してきました。

ヨーガスートラで述べられている働きと比べてみると、ウダーナは上向きの気なので、浮いたり飛んだりすることにつながるのはわかります。

サマーナは、現代ヨガでも「サマスティティヒ」などの言葉に含まれているように文字通りの意味では「サマ:均一」であり、ヨーガスートラにおいては体全体のエネルギーを偏り滞りなくする働きを持つ気として扱われていたように思えます。

これは上記5つの分類からするとヴャーナの働きを含んでいるように思えるので、分類の方法が異なっていたのかもしれません。目に見えないものなので、いろいろな分別法があっても良いと思います。

3.42・3.43節では、アーカーシャ(エーテル)という言葉が出てきます。いろいろな捉え方がありますが、私達が「空間」だと思っているところにもなにかしらの物質が満たされていて(宇宙もほとんどはダークマターで満たされていると考えられているように)、その空間と体・感覚器官との間の関係性にサンヤマを行うことで、空間と自在に関係を築くことができ、普通は見えない・聴けないことを知覚したり、空間内を自由に移動できたりするといいます。

3.44節では、心が体とともに働いている(例えば脳が心を生み出している)という考えを超えて、心は体の外側のどこにあっても機能するという考え方が述べられています。これは3.39節で述べられたように「心と体を結びつけているもの」を緩めることができるということにもつながりそうですが、「体が自分である」というエゴを捨て、エゴをどこに置くこともできる、とヴィヴェーカーナンダ氏は解説しています。

3.45・3.46節では、心や体なども含めた自然界全体に対してサンヤマを行うことで、体を大きくしたり小さくしたり・重くしたり軽くしたり、モノを創り出したりすることもできると述べられています。もうなんでもアリです。

なんでもアリな理由は、粗大なもの(見たり触ったりできるもの)から、微細なもの(感じることができるものや概念的なもの)まで、自然界を構成する要素について全ての本質を知っているからであるということでしょう。この粗大→微細について具体的に分類したのが五大元素であり、ヨーガ以外にも様々なところで用いられています。自然界が構成されていった順番としては、微細なほうから空→風→火→水→土であるといわれます。

3.47〜3.49節では、これらの超能力を得て「完全体」になった者はどんな様子なのかということが具体的に述べられています。美と気品も兼ね備えているというわけですね。自在に自然界を飛び回れるし、目や耳を使わなくても知覚することができるといいます。

そして3.50節で述べられているように、自然界に対しては「全知」であり完全に支配できるといいます。

ただそれは、どこまで行っても、本当に知りたかった「自分自身」ではないわけです。なら、そこに執着しても意味ないよね、ということです。

≫ヨーガスートラ解説 3.51-3.56(3.50-3.55)
≪ヨーガスートラ解説 3.36-3.38(3.35-3.37)

(※)3.22節に関しては、訳者によっては抜けているため、このあとの節番号がひとつずつズレている訳本もあります。この節が後世に付け加えられたものとされているのか、詳細は分かっていないようです。そのため、ヨーガスートラは全体で195節とする場合と、196節とする場合があります。ここでは3.22節は存在するとしてカウントした節番号をメインに使い、存在しないとした場合の節番号をカッコで示すことにします。

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