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ヨーガスートラ解説 1.40-1.41 〜三昧(定)とはどんな状態か〜

ヨーガスートラ解説 1.40-1.41 〜三昧(定)とはどんな状態か〜

フィルターを全て取り去って、透明な水晶のような心に

ヨーガスートラを私なりに読み進めていくシリーズ。
どのように訳していくかなどは、下記の記事に書いてあります。
≫ヨーガスートラ解説 1.1-1.2

≫ヨーガスートラ解説記事一覧
≫ヨーガスートラ日本語訳

ヨーガスートラの概要については、下記の記事にまとめてあります。

≫ヨーガスートラとは

英訳出典:http://yogasutrastudy.info/

サンスクリット語辞書:http://spokensanskrit.org/

訳者の略称は下記の通りです。

[SS]: Swami Satchidananda
[SV]: Swami Vivekananda

Sutra 1.40 瞑想によって解き明かされるもの

परमाणु परममहत्त्वान्तोऽस्य वशीकारः॥४०॥
paramāṇu parama-mahattva-anto-‘sya vaśīkāraḥ ॥40॥

(読み)パラマーヌ パラママハットヴァーントースヤ ヴァシカーラハ

(訳)瞑想によって、根本的な原子から最も巨大なものまで次第に解明されていく。

[SS]: Gradually, one’s mastery in concentration extends from the primal atom to the greatest magnitude.

[SS訳]: 集中における理解は次第に、根本的な原子から最も巨大なものにまで及んでいく。

[SV]: The Yogi’s mind thus meditating, becomes un-obstructed from the atomic to the Infinite.

[SV訳]: ヨーギーの心は瞑想することによって、原子から無限に至るまで解き明かしていく。

Sutra 1.41 三昧とはどんな状態か

क्षीणवृत्तेरभिजातस्येव मणेर्ग्रहीतृग्रहणग्राह्येषु तत्स्थतदञ्जनतासमापत्तिः॥४१॥
kṣīṇa-vr̥tter-abhijātasy-eva maṇer-grahītr̥-grahaṇa-grāhyeṣu tatstha-tadañjanatā samāpattiḥ ॥41॥

(読み)クシューナ ヴルッテラビジャータシェーヴァ マネルグラヒートル グラハナ グラーヒェシュ タツタタダンニャナター サマーパッティヒ

(訳)透明な水晶が近くに置かれたものの姿や色を自然に映し出すように、ヨーギーの心はその働きを完全に弱めることで、清澄で均衡した状態となり、知る者・知られるもの・知の間の境界がなくなる。この瞑想の最高点がサマーディ(三昧)である。

[SS]: Just as the naturally pure crystal assumes shapes and colors of objects placed near it, so the Yogi’s mind, with its totally weakened modifications, becomes clear and balanced and attains the state devoid of differentiation between knower, knowable and knowledge. This culmination of meditation is samadhi.

[SS訳]: 透明な水晶が近くに置かれたものの姿や色を自然に映し出すように、ヨーギーの心はその働きを完全に弱めることで、清澄で均衡した状態となり、知る者・知られるもの・知の間の境界がなくなる。この瞑想の最高点がサマーディ(三昧)である。

[SV]: The Yogi whose Vrttis have thus become powerless (controlled) obtains in the receiver, receiving, and received (the self, the mind and external objects), concentratedness and sameness, like the crystal (before different coloured objects.)

[SV訳]: ヴリッティ(心の作用)が力を失った(コントロールされた)ヨーギーは、受け取るもの・受け取る行為・受け取られるもの(真我・心・外的な対象)の間で、水晶(異なった色の対象の前で)のような凝集性・同一性を得る。

解説・考察

後のスートラで無知(無明)は全ての苦悩を引き起こす原因という説明がされますが、世界には分からないことだらけです。

科学者たちは様々なものを解明しようと努力してきましたが、まだまだ宇宙のほとんどのことがダークマターなどとして扱われています。

集中を深めることは、その対象を完全に理解していくことにつながっていきます。

集中→瞑想→三昧に至る過程において、知る者・知られるもの・知の境目がなくなり、一体化していくといいます。

このイメージはわかりにくいかもしれませんが、いろいろなことをわからなくしているのは心の作用であり、「自我(エゴ)」であったり、過去の余計な知識や先入観であったりするので、「知る者」としての自我や、「これは〇〇であるはずだ」などといったフィルターを全て取り去って、透明な心にしていけば、まるで水晶のように、傍らに置かれたものを曇りなく鮮明に映し出すことができると捉えると良いかと思います。

水晶は、映し出そうという行為すらしようとせずに、自然に周りのものを曇りなく映し出します。追い求めようとしなければ、周りのものが自然と自分のほうへ向かってくるということです。

そのとき、1.3・1.4節で述べられたように、心が波立たなくなり、真我を始めとした対象物をありのままに映し出すことができるようになります。

スターウォーズでもヨーダがよく「深く瞑想して解くとしよう」と言っていますね。先入観に囚われていては、真実は見えてこないということです。

また、ここではサマーディではなくサマーパッティという語が使われています。これは仏教で「定」や「禅定」などと訳されている言葉です。多くの訳本では三昧と定はほぼ同じものと考え、仏教の考え方を包含しようとする意図ではなかろうかと説明されますが、もしかするともっと深い意味があるかもしれません。

≫ヨーガスートラ解説 1.42-1.43
≪ヨーガスートラ解説 1.33-1.39

ヨーガスートラ日本語訳書籍

   

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