ほとんどのヨガのレッスンで、なにかしらの形で組み込まれている太陽礼拝(スーリヤ・ナマスカーラ、サンサルテーション)。
現在日本で一般的に行われている太陽礼拝は、シヴァナンダヨガの太陽礼拝とアシュタンガヨガの太陽礼拝の2種類が主流ですが、その他にも数え切れないくらいのバリエーションがあります。
なぜこんなにバリエーションがあるのかと疑問に思い、歴史を調べてみたところ、初期のハタヨーガの本には太陽礼拝どころか、太陽礼拝を構成しているアーサナについてもほとんど載っていません。
太陽礼拝はどんな歴史をたどって、いま日本の現代ヨガにおいて一般的になったのか。詳しいことははっきりしませんが、調べてみたことをまとめてみます。
今回はひとまず、おおまかなヨーガの歴史のまとめと、現代行われているヨガの祖となった人々が伝えた太陽礼拝の比較をしてみます。
古典ヨーガの資料には、太陽礼拝は遺されていない?
「ヨガには5000年の歴史があるんですよ」とインストラクターから聞いたことがある人もいるかと思います。
そのころの歴史資料としてはモヘンジョダロ(約4500年前)の遺跡には坐法(スカーサナ?)を行っている行者の印章がのこされていて、これをヨーガの始まりだとして5000年の歴史と呼んでいるわけですが、そのころにそれ以外のアーサナがあったかどうかは定かではありません。
ヨーガ哲学の根本としては、紀元前1000年〜に編纂された宗教文書であるヴェーダやその最重要部分であるウパニシャッドがのこされています。そして現代ヨガの哲学の元にされることの多いヨーガスートラ(紀元後4〜5世紀)や、バガヴァッドギーター(紀元前5〜4世紀)が伝わっていますが、これらの中にも具体的なアーサナのやり方は書かれていないとされています。
ただ、難解なサンスクリット語の文章の中にそのヒントが隠れている可能性もあり、じつはヴェーダの時代から存在していたのだと主張する人もいます。
初期のハタヨーガの資料にも、太陽礼拝は遺されていない?
「私がやっているのは、ハタヨガです」という人も多いと思います。
確かに、それまでの「心を落ち着かせる」ことをメインとしていた古典ヨーガとは違って、アーサナを重要視しはじめたのがハタヨーガです。
しかし、初期のハタヨーガの本に書かれているアーサナは現代ヨガに比べてとても少なく、太陽礼拝はおろか、立ちポーズも全くありません。
唯一、ゲーランダサンヒター(17世紀頃)の中にブジャンガーサナ(コブラ)が述べられていますが、初期の太陽礼拝の後屈ポーズとコブラは微妙に異なる形だったようなので、関係性はないのかもしれません。
現代ヨガの祖となった人々の太陽礼拝
現代ヨガで主流となっている2つの太陽礼拝。
これらの流派の祖となった人物は、シヴァナンダ氏とクリシュナマチャリア氏であると言われます。
シヴァナンダヨガは、シヴァナンダ氏の弟子の一人であるヴィシュヌデヴァナンダ氏が創り出した流派で、アシュタンガヨガ(アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ)はクリシュナマチャリア氏の弟子の一人であるパタビジョイス氏が創り出した流派です。
私もよく引用するオレンジ本の著者、サティヤナンダ(サッチャナンダ)氏もシヴァナンダ氏の弟子の一人です。
また、現代ヨガに最も影響を与えた人物としてアイアンガー氏が挙げられますが、こちらはクリシュナマチャリア氏の弟子の一人です。
これらの人々の代表的な著書のなかでは太陽礼拝はどうなっているのか、比較してみます。
ヴィシュヌデヴァナンダ氏の太陽礼拝
主な著書「The Complete Illustrated Book of Yoga」
現在シヴァナンダヨガで行われている太陽礼拝が書かれています。各アーサナについては、動きの説明はありますが名称は述べられておらず、単に「Position No.1」などと記載されています。
サティヤナンダ(サッチャナンダ)氏の太陽礼拝
主な著書「Asana Pranayama Mudra Bandha」
ヴィシュヌデヴァナンダ氏の太陽礼拝とほぼ同じですが、前後開脚のポーズでつま先を立てています。シヴァナンダヨガを教えている人の中でも、つま先を立てる人と立てない人がいるようです。
各アーサナにはサンスクリット語と英語で名前が記されています。
また、アルダチャンドラーサナ(現代ヨガではアンジャネーヤーサナと呼ばれることが多い)が含まれたChandra Namaskara(月礼拝)も説明されています。
パタビジョイス氏の太陽礼拝
主な著書「Yoga Mala(ヨーガ・マーラ)」
アシュタンガヨガの哲学や、プライマリーシリーズのアーサナ・ヴィンヤサを解説した本。
現代のアシュタンガヨガで行われている太陽礼拝A・Bが解説されています。
アイアンガー氏の太陽礼拝
主な著書「Light on Yoga(ハタヨガの真髄)」
現代ヨガで行われているアーサナの多くを標準化した、とても影響力のある本かもしれませんが、太陽礼拝については書かれていません。
アイアンガーヨガのマニュアルにも太陽礼拝の解説はないようでした。
しかし、一連の流れとして解説されてはいないものの、アシュタンガヨガの太陽礼拝で行われている全てのアーサナについては詳細に解説されています。
アイアンガー氏自身のデモンストレーション動画などを見ても、アーサナとアーサナの間のつなぎには太陽礼拝(ハーフヴィンヤサ)が使われているので、アーサナを単品として行うだけではなくヴィンヤサ(呼吸と動きをあわせた流れ)を重視していたことが伺えます。
クリシュナマチャリア氏の太陽礼拝
主な著書「Yoga Makaranda(ヨーガ・マカランダ)」
最後に、パタビジョイス氏とアイアンガー氏にヴィンヤサの重要性を教えたと思われる師匠クリシュナマチャリヤ氏の主な著書を見てみると、そこには太陽礼拝に関しては記載されていませんでした。
ただ、太陽礼拝Aのアーサナについてはほぼ全て述べられています。アップドッグなどは若干の形の違いがあるようでしたので、アイアンガー氏・パタビジョイス氏がそれぞれアレンジしたのかもしれません。
またこの本の中ではヴィラバドラーサナに関しては述べられていないのですが、アイアンガー氏・パタビジョイス氏はともに行っています。
ヨーガ・マカランダについては、以下の記事でも解説しています。
参考:「現代ヨガの父」クリシュナマチャリア氏の主著「ヨーガマカランダ」の概要
太陽礼拝は、ヨガの中では比較的新しい
古典ヨーガの教えの中には具体的に書かれておらず、ハタヨーガの古典にも述べられておらず、100〜200年前あたりから突然有名になり、2つの主流な流れに分かれて伝わってきたと思われる太陽礼拝。
しかも弟子はすこーしずつアレンジを加えていくこともあるようで、伝統として全く同じ形で残っていくということはほとんどありえず、そして変化していくのは自然なことなのかもしれません。
なので、あるクラスで太陽礼拝を習って、別のクラスにいったら全然違う太陽礼拝だったとしてもびっくりせずに、それぞれ意味のある太陽礼拝をやっているのだと捉えてみると良いと思います。
次回、太陽礼拝が突然有名になりはじめたと思われる年代あたりの資料を少し掘り下げて考察してみようと思います。