前回の続きです。
前記事:太陽礼拝の歴史1
ほとんどのヨガのレッスンで、なにかしらの形で組み込まれている太陽礼拝。
どんな歴史をたどって、いま日本の現代ヨガにおいて一般的になったのか。詳しいことははっきりしませんが、調べてみたことをまとめてみます。
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガのモヤっとした歴史
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガを確立したパタビジョイス氏は、師匠であるクリシュナマチャリア氏からそのアーサナ・ヴィンヤサを教わり、クリシュナマチャリア氏自身は、その全ては「Yoga Korunta」という5000年前から伝えられた本に載っていたと主張します。
5000年前というとまさにモヘンジョダロの遺跡の年代と近いです。ということは、もちろん太陽礼拝A・Bもその中に記されていたのでしょう。
ただ、この本はバナナの葉に書かれていて、アリに食べられてしまったので紛失したとのこと。そして、著書であるYoga Makarandaにおいて、Yoga Koruntaからの引用が一切ないことなどから、信憑性に疑いがあると言われています。
近年のアシュタンガヨガの代表でありパタピジョイス氏の孫であるシャラース(シャラート)・ジョイス氏の講義やサイトなどを見ると、よく「guru」「parampara」という言葉を用いています。パランパラは、師から受け継ぐ伝統的な技・知識、といった意味の言葉です。
伝統を正当に受け継いでいるのがアシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガである、という強い意図を感じます。
ただ個人的には、いろいろとモヤっとする印象です。
現代ヨガの歴史に関する資料
上記のように現代ヨガが主張する「伝統」に疑問を持ち、歴史を紐解いていこうとした本として、Mark Singleton氏の「Yoga Body: The Origins of Modern Posture Practice」が日本語訳されているので、日本では有名なようです。
太陽礼拝が西洋のエクササイズからヒントを得てつくられたという主張がありますが、この本ではスウェーデン式のエクササイズなどとヨガの類似性を指摘し、どちらが先なのか?影響しあっているのか?といった考察がされていて、この種の議論がされるときはよく引用されているようです。(彼の最新作も英語版で出ています「Roots of Yoga」)
そして、この本の中でよく引用されている人物の本が…なんと偶然私がインドで買ってきた本の中にありまして!
Elliott Goldberg氏の「The Path of Modern Yoga: The History of an Embodied Spiritual Practice」
なんとも数奇な巡り合わせでこの本が手元にあったので、Goldberg氏が主張する太陽礼拝の歴史について、まとめてみたいと思います。
以下、引用部分は「The Path of Modern Yoga: The History of an Embodied Spiritual Practice」からの引用です。
宗教儀礼としての「太陽礼拝」はとても昔からあった
太陽礼拝(梵 Surya Namaskara・英 Sun Salutation / Sun Worship)はその名の通り太陽を拝む行為であり、それ自体はヴェーダの時代あるいはそれ以前から行われていたようです。
礼拝自体はバラモン階級の人々が行っていたので、一般人が行うものではありませんでした。
礼拝の動作は以下のような流れだったようです。
the priest stand, crouch over, put their weight on their hands, drop to their knees, fall forward supported by their hands, lie prostrate (in the position most deeply expressive of supplication) for a few seconds while chanting, resume kneeling, and get up again.
立った状態からしゃがみ、手で地面を支えながら膝をつき、腹ばいになって、マントラをチャンティングし、膝立ちに起き上がって、立った状態に戻る、という流れです。
これを何度も繰り返し行うため、大きな動きではありますが使うエネルギーは最小限にとどめ、フィットネス的な要素は全くなかったと言われます。
エクササイズとしての太陽礼拝がその名を付けられた理由や時期ははっきりしませんが、その理由は動作が似ていたからであろうとGoldberg氏は言います。
シヴァナンダヨガの太陽礼拝で行われるアシュタンガナマスカーラは、チャンティング時の腹ばいの姿勢に似ています。そして仏教の五体投地にも少し似ています。ただ、このポーズではエクササイズ的要素を強めるため、お腹を床に付けずに二の腕を使って体を支えています。
エクササイズとしての「太陽礼拝」が出現し始めた時期
一説には、エクササイズとしての太陽礼拝を世に出したのは、20世紀初め頃のインド西部にあったアウンド州(現在はムンバイを州都とするマハーラーシュトラ州の一部)の長であった、Bhavanarao Pant Ptatinidhi(1868-1951)という人物であると言われます。
しかしその時期までに少なくとも数世紀の間行われていた(特に上階級の人々に好まれていた)とも言われており、また彼もいくつかのヒントを元に作り上げているようで、オリジナルがいつどこから生まれたのかは、ここから判断することは難しそうです。
彼はボディビルディングを目的としていたようで、「近代ボディビルディングの父」と呼ばれるユージン・サンドウの本や器具を片っ端から買い集めていたようです。サンドウのメソッドを10年間実践しても満足のいく身体がつくれなかった彼は、友人からのアドバイスを元に、熱意を持って太陽礼拝に取り組み始めました。
元々は子供のころに父親から太陽礼拝を学んだらしく、彼の父もそれまでに55年間実践していたということなので、やはりかなり前からエクササイズとしての太陽礼拝は存在していたようです。
彼はそのクラシカルなスタイルの太陽礼拝に、やはりすこーしアレンジを加えたようです。
- しゃがんで前屈する際に「膝を伸ばす」ということによってふくらはぎや太もも裏・腰やお腹・背中全体に大きなストレッチが得られた
- 「片足を前に出し、手と手の間へ持ってくる」という動きを加えたことで、腹筋や腰の筋肉に大きな収縮を感じた
現代のシヴァナンダヨガの太陽礼拝では当たり前のように思えることですが、伝統を変えて試すというのは勇気が必要だったのかもしれません。
このアレンジから察するに、クラシカルなエクササイズとしての太陽礼拝は、儀礼としての太陽礼拝と現代の太陽礼拝の中間のような動きだったのかもしれません。
ただ、その動きが宗教儀礼を元に作られたのかどうかは、はっきりとはわかりません。 Singleton氏の言うように、西洋から影響を受けたのかもしれません。
彼の行っていた太陽礼拝の説明を見ると、ほとんど流れはシヴァナンダヨガの太陽礼拝と同じで、コブラポーズだけは少し異なり、肘が伸びていて脚の前側が地面についた状態のアップドッグのような形であったようです。現代でもこの形の太陽礼拝を行っている人はたまに見かけます。
彼はボディビルディングの用途だけではなく、様々な健康効果を語り、太陽礼拝の人気は高まっていったようです。また、体の動きの実践だけでなく、儀礼的要素であったマントラも唱えて実践しており、その効果についても述べています。
古典的なハタヨーガにおいては、マントラはチャクラを刺激するなどの意味で用いられましたが、チャクラと神経叢の関係性などが科学的に説明されはじめたことをきっかけに、マントラが体に良い作用をもたらすことが近年になって語られ始めたようです。
その後、クリシュナマチャリア氏など様々な人々が太陽礼拝(やり方は異なるが)をデモンストレーションし、その効果を語り、現代ヨガの中心となるエクササイズのひとつとなったのでしょう。
まだまだわかっていないことも多いですが、また発見があれば補足したいと思います。