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ヨーガスートラ解説 3.17 〜あらゆる生物が発する言葉(音)の意味が分かる?〜

ヨーガスートラ解説 3.17 〜あらゆる生物が発する言葉(音)の意味が分かる?〜

「言葉(音)」の裏にある、本質的な知を得る

ヨーガスートラを私なりに読み進めていくシリーズ。

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≫ヨーガスートラ日本語訳

英訳出典:http://yogasutrastudy.info/
サンスクリット語辞書:http://spokensanskrit.org/

訳者の略称は下記の通りです。
[SS]: Swami Satchidananda
[SV]: Swami Vivekananda

Sutra 3.17

शब्दार्थप्रत्ययानामितरेतराध्यासात् संकरस्तत्प्रविभागसंयमात् सर्वभूतरुतज्ञानम्॥१७॥
śabdārtha-pratyayāmām-itaretarādhyāsāt-saṁkaraḥ tat-pravibhāga-saṁyamāt sarvabhūta-ruta-jñānam ॥17॥

(読み)シャブダールタ プラティヤヤーマン イタレタラーディヤーサーッ サンカラハ タップラヴィバーガ サンヤマーッ サルヴァブータルタ ンニャーナン

(訳)通常は混同されている言葉(音)・意味・その背後にある知に対してサンヤマを行うことで、全ての生物が発する言葉(音)に関する本質的な知が得られる。

[SS]: A word, its meaning, and the idea behind it are normally confused because of superimposition upon one and another. By samyam on the word [or sound] produced by any being, knowledge of its meaning is obtained.

[SS訳]: 言葉・その意味・その背後にあるアイデアは、通常それぞれ混同されて捉えられる。いかなる生物によって発せられる言葉(または音)でも、それにサンヤマを行うことによって、その本質に関する知が得られる。

[SV]: By making Samyama on word, meaning, and knowledge, which are ordinarily confused, comes the knowledge of all animal sounds.

[SV訳]: 通常は混同されている言葉・意味・知に対してサンヤマを行うことで、全ての動物が発する音に関する知が得られる。

解説・考察

3.17節から、様々な対象へ向けてサンヤマを行うことで、どんなことが起こるのかということが30節ほどに渡って書かれています。

その中には、霊能(シッディ)という超能力のようなものも含まれているので、とてもあやしく思えてしまうかもしれません。

このような超能力が得られると書かれている理由としては、当時の人々も超能力を求めていたために、そういう人々の興味を引くために書かれたともいわれます。

インドの人々の本には、実際に様々な超能力を使う人物が現代社会にも結構たくさんいることが書かれているので、実際に三昧の境地に至れば得られるのかもしれませんし、それを証明するのは難しいでしょう。

ヨーガスートラでは、様々な超能力が書き連ねられたあとに、これらの超能力への執着すら手放すべきであると述べています。私もあやしいなーと思いながら読み進めていましたが、そのスートラを読んで納得できました。

とはいえ、これだけのボリュームを超能力のことに割いているわけですから、通常は読み飛ばされがちなこの部分も丁寧に読んでいってみようかと思います!

3.17節で述べられている能力は、「全ての生物が発する言葉(音)の意味がわかる」というものです。

ニュアンスの難しい語が使われているので、少しサンスクリット語の意味を調べてみます。

  • śabda 言葉・音
  • artha 意味・感覚
  • pratyaya アイデア・知・感覚・証明・基礎

「言葉」というものを分解してみると、「音」「意味」「その背後にある知」という3つに分けることができ、通常私達はこれらを混同しているといいます。

そしてサンヤマをすることによって、

  • jñāna 知

が得られるといわれます。

「尋(論理性)」に関するスートラの中で、同じような話がでてきましたので振り返ってみましょう。
≫ヨーガスートラ解説 1.42-1.43 〜有尋三昧と無尋三昧〜

1.42節が言うには、我々はśabda・artha・jñānaを混同していて、それを区別できるようなり(有尋三昧)、śabda・arthaに心乱されないようになる(無尋三昧)とjñānaのみが輝き出ると述べられましたが、この文脈から考えるとpratyayaとjñānaは同じようなニュアンス(背後にある本質的な知)で使われているように思えます。

ただ、あえて別の語を使っているのは意味があるかもしれません。jñānaは、ジュニャーナヨーガというヨーガが定義されているように、ヨーガのなかではとても重要な語として扱われているように思えます。

さて3,17節の結論としては、どんな生物が発する音に対してもサンヤマを行い無尋三昧に至れば、その意味がわかるようになるということでしょう。本当かどうかは…そこに至ってみなければわかりませんね。

≫ヨーガスートラ解説 3.18
≪ヨーガスートラ解説 3.9-3.16

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