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ヨーガスートラ解説 4.9-4.13 〜時の流れとサンスカーラ〜

ヨーガスートラ解説 4.9-4.13 〜時の流れとサンスカーラ〜

「過去」や「未来」とは、一体何なのか

ヨーガスートラを私なりに読み進めていくシリーズ。

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≫ヨーガスートラ日本語訳

英訳出典:http://yogasutrastudy.info/
サンスクリット語辞書:http://spokensanskrit.org/

訳者の略称は下記の通りです。
[SS]: Swami Satchidananda
[SV]: Swami Vivekananda

Sutra 4.9

जातिदेशकालव्यवहितानामप्यानन्तर्यं स्मृतिसंस्कारयोरेकरूपत्वात्॥९॥
jāti deśa kāla vyavahitānām-apy-āntaryāṁ smr̥ti-saṁskārayoḥ ekarūpatvāt ॥9॥

(読み)ジャーティ デーシャ カーラ ヴヤヴァヒターナーマピヤーンタリヤーン スムルティ サンスカーラヨーホ エーカルーパトヴァート

(訳)ヴァーサナー(行為によって蓄積された潜在的な力→煩悩を生み出す)が種・空間・時間によって隔てられていようとも連続性をもつのは、記憶とサンスカーラの間に同一性があるためである。

[SS]: Although desires are separated from their fulfillments by class, space and time, they have an uninterrupted relationship because the impressions [of desires] and memories of them are identical.

[SS訳]: 欲望とその達成は、種・空間・時間によって隔てられるが、それらは連続性を持つ。(欲望の)印象とその記憶は一致するためである。

[SV]: There is consecutiveness in desire, even though separated by species, space and time, there being identification of memory and impressions.

[SV訳]: 欲望には、それらが種・空間・時間によって隔てられていようとも、連続性を持つ。そこには記憶と印象の一致がある。

Sutra 4.10

तासामनादित्वं चाशिषो नित्यत्वात्॥१०॥
tāsām-anāditvaṁ cāśiṣo nityatvāt ॥10॥

(読み)ターサーマナーディトヴァン チャーシショー ニティヤトヴァート

(訳)生命欲が永遠であるため、サンスカーラもまた無始である。

[SS]: Since the desire to live is eternal, impressions are also beginningless.

[SS訳]: 生命欲が永遠であるため、印象もまた無始である。

[SV]: Thirst for happiness being eternal desires are without beginning.

[SV訳]: 幸福への渇望は永遠であり、欲望は始まりを持たない。

Sutra 4.11

हेतुफलाश्रयालम्बनैः संगृहीतत्वादेषामभावे तदभावः॥११॥
hetu-phala-āśraya-ālambanaiḥ-saṁgr̥hītatvāt-eṣām-abhāve-tad-abhāvaḥ ॥11॥

(読み)ヘートゥパラーシュラヤーランバナイヒ サングルヒータトヴァーテーシャーマバーヴェー タダバーヴァハ

(訳)サンスカーラは原因・結果・基盤・支柱(対象)と共にあり、これら4つの消失によってサンスカーラもまた消える。

[SS]: The impressions being held together by cause, effect, basis and support, they disappear with the disappearance of these four.

[SS訳]: 印象は原因・結果・基盤・支持と共にあり、これら4つの消失によって印象もまた消える。

[SV]: Being held together by cause, effect, support, and objects, in the absence of these is its absence.

[SV訳]:(印象は)原因・結果・支持・対象と共にあり、これらが消失するときそれもまた消える。

Sutra 4.12

अतीतानागतं स्वरूपतोऽस्त्यध्वभेदाद्धर्माणाम्॥१२॥
atīta-anāgataṁ svarūpato-‘sti-adhvabhedād dharmāṇām ॥12॥

(読み)アティーターナーガタン スヴァルーパトースティ アドゥヴァベーダード ダルマーナーン

(訳)「過去」や「未来」は、現在世界において、性質の状態の違いによって顕現した事象の内に存在する。(ある事象の性質が変化していくのを認識することで、過ぎ去った性質は過去として存在し、未だ顕現していない性質は未来として存在することを認識する)

[SS]: The past and future exist in the real form of objects which manifest due to differences in the conditions of their characteristics.

[SS訳]: 過去や未来は、その性質の状態の違いによって顕現した事象の中に存在する。

[SV]: The past and future exist in their own nature, qualities having different ways.

[SV訳]: 過去や未来は、異なった性質によって顕現した対象の形の中に存在する。

Sutra 4.13

ते व्यक्तसूक्ष्मा गुणात्मानः॥१३॥
te vyakta-sūkṣmāḥ guṇa-atmānaḥ ॥13॥

(読み)テー ヴヤクタ スークシュマーハ グナートマーナハ

(訳)顕現・非顕現の状態に関わらず、これらの性質はグナ(自然界の構成要素)に基づいている。

[SS]: Whether manifested or subtle, these characteristics belong to the nature of the gunas.

[SS訳]: 顕現・非顕現に関わらず、これらの性質はグナ(自然界の構成要素)に基づいている。

[SV]: They are manifested or fine, being of the nature of the Gunas.

[SV訳]: これらは粗大・微細の状態にあり、グナの性質に基づいている。

解説・考察

4.9節は、最初の「隔てられているけど連続性を持っているもの」の目的語の解釈が、訳者によって少し異なるようでした。私は佐保田氏の訳を引用して、4.8節で出てきたヴァーサナーを用いてみましたが、結局ヴァーサナーによって起こるのは煩悩(欲)なので、サッチダーナンダ氏らが用いた「欲望」と大きな違いはないかと思います。

過去の行為によってヴァーサナーは蓄積し、それは必ず後になって結果をもたらすと4.8節で述べられました。なぜこれが幾生にも渡って連続性を持つのかという理由が4.9節で説明されます。

ここでサンスカーラ(行・物事がそのようになる力)とヴァーサナーはどう違うのか?とわかりにくくなりますが、佐保田氏の説明を引用すると、ヴァーサナーはサンスカーラの一部であり、サンスカーラは以下の3つで構成されるといいます。

  • ヴァーサナー→煩悩や業遺存として顕現するタイミングを待っている
  • 煩悩→欲望・感情などの心理的要素して顕現してくる
  • 業遺存→寿命・環境などの要素として顕現してくる

行為はサンスカーラとなり、サンスカーラから記憶(前世などの潜在的な記憶も含む)が生じ、そこから諸煩悩が生まれてくるため、煩悩は生をまたいでも連続性を持つと説明されています。サンスカーラという「型」に原料(グナ)が流し込まれることによって「記憶」というものが生まれてくる、というイメージで「同一性」という言葉が使われているのかと思います。

4.10節では、2.9節で述べられた煩悩のひとつである生命欲について再び述べられます。

≫ヨーガスートラ解説 2.4-2.9 〜「無知」から生まれる諸煩悩〜

生命欲は賢者にすらあり、それは命がある限り常に存在してきたので、サンスカーラも同じく命がある限り無かったことはなく「無始」であるとされます。

生命欲やその他煩悩を捨てることでこの連鎖を断ち切る、という話は第2章で述べられてきました。

4.11節では、サンスカーラを断ち切るヒントが述べられます。サンスカーラを支えているのは、下記の4つです。

  • 原因:無知から起こる諸煩悩
  • 結果:経験・記憶
  • 基盤:潜在的な心の働き
  • 支柱(対象):経験をもたらす外的要素

これらへの対処法は、いままで別の切り口で、各章で説明されてきました。

4.12節では、「過去」や「未来」はどのように認識されるのかということが述べられていますが、英訳の文章はどれも非常にわかりにくかったので…少し解釈を加えてみました。

私達が認識しているのは「現在」ですが、その現在世界において、過去や未来という概念はどのように認識されるのかという話です。

鍵を握っているのは、第3章でも述べられた「変化」であると思います。ある対象物の性質は、時間と共に変化していきますが、変化を知るためには現状認識を繰り返す必要があります。これによって、たとえば「1日で、性質がこれだけ変化した」という形で過去を認識することになります。

さらに現在の状態には、「未来にこのようになる」原因となる種が潜在的に存在しているので、3.16節で述べられているようにそこへサンヤマを行うことができれば、未来を知ることができるということにつながるのだと思われます。

≫ヨーガスートラ解説 3.9-3.16 〜「変化」に気づく〜

4.13節では、これまで述べられてきたとおり、変化しているのは真我(プルシャ)ではなく自然界(プラクリティ)であり、それは自然界を構成する「グナ」が変化することで起こるということを再び説明しています。

グナはいま事象として現れているものだけではなく、未来に結果をもたらす潜在的な要素をも含みます。

最終的にはサンスカーラを断ち切り、グナから離れて自由になる(独存)という方向へ向かっていきますが、その過程が第4章で述べられていきます。

とはいえ実践方法もゴールもこれまでの章で述べられてきたので、実践を進めることによってどのようにゴールに向かっていくかということを、新しい概念や切り口を持ち出すことで改めて説明していると捉えると良いかと思います。

≫ヨーガスートラ解説 4.14-4.17
≪ヨーガスートラ解説 4.7-4.8

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