ハタヨーガの古典の中で、最も体系化されているとして重要視されているハタヨーガプラディーピカー。
今回は、現代ヨガでも用いられている3つのバンダ、ウディーヤナバンダ、ムーラバンダ、ジャーランダラバンダについて書かれている部分を紹介します。
以下、日本語訳は「ヨーガ根本経典/佐保田鶴治」から引用しています。
この記事の目次
ウディーヤナ・バンダ
3.57 ヘソの下から上に至るまで、腹部をひっこめる。このウディーヤナ・バンダは死神である像を追いちらすライオンのようなものである。
このバンダについては、流派によってやり方が様々に異なります。表記についても「ウーディヤナ」「ウディヤーナ」「ウディーヤナ」「ウディヤナ」など揺れがありますが、菅原誠氏によれば「ウッディーヤナ」が一番原音に近いようです。ウディーヤナは「飛翔」などの意味で用いられます。
「ウディーヤナバンダ」と呼ばれているが異なる技法を示す場合もあり、グレゴール・メーレ氏は、下記の2つに区別しています。
- アシュタンガヨガなどヴィンヤサヨガの最中に行われる、穏やかに下腹部を引き締める技法(呼吸は主に胸式呼吸によって行う)
- プラーナーヤーマの最中などに行われる、お腹全体を強くへこませる技法(ナウリやアグニサラクリヤへの準備に使われる)
ハタヨーガプラディーピカーでの3.57節の描写だけ見ると後者のように思えますが、次の節では下記のように言っています。
3.58 グルの教えるところでは、ウディーヤナはいつも自然に起る状態(イキを充分に吐き出した際に)である。怠らずにこのムドラーを修習するならば、老人になっても若々しい。
これを見ると、さきほどの2つのどちらでもないようです。
しっかりお腹全体をへこませるように、普段の呼吸も吐ききるべし、という意図が見えます。
しかもこのバンダが、あらゆるバンダのなかで最上であると3.60節で述べられています。
どんな特殊なテクニックよりも、普段の呼吸をしっかり深めることが、最も重要ということかもしれません。
ムーラ・バンダ
3.61 カガトで会陰部を圧してコーモンを収縮し、アパーナの気を上方へ引き上げるならば、それはムーラ・バンダとよばれるムドラーである。
ムーラバンダは、ヴィンヤサヨガでもプラーナーヤーマでも様々な場面で用いられますが、現代ヨガでは「肛門をしめる」「会陰(骨盤底)を引きしめる」のどちらかを指すことが多いです。
「肛門」なのか「会陰」なのか?という議論は尽きないようですが、「肛門」か「会陰」かで全く別の技法と考えたほうが良いでしょう。ムーラは具体的な場所ではなく単に「基底」などの意味を表します。
ハタヨーガプラディーピカーの中でも、肛門と会陰でブレがあるようです。
3.63 カガトをもってコーモンを圧して、アパーナ気がスシュムナー管のなかを上昇するように、繰り返し繰り返し、力をこめて気を引きしめる。
肛門(gudam)と会陰(yonim)という別の言葉が用いられ、3.61節と3.63節ではカカトで押すところが異なる気がします。
ムーラバンダの有効性については、下記のように示されています。
3.64 プラーナとアパーナ、ナーダとビンドゥの二つはこのムーラ・バンダの力で合一し。ヨーガの完成をもたらす。これについては疑いはない。
ナーダは前章などにも出てきましたが、心臓から発される妙音とされています。ビンドゥは「滴」などの意味ですが、いろいろな解釈ができそうです。佐保田氏は「心臓よりも上にあるもの」としていますが、ビンドゥはよく「種(精子)」とも関連付けられるため、この場合はムーラに近い部分にあり、佐保田氏の解釈とは異なります。しかし後頭部の上のほうに「ビンドゥ・ヴィサルガ」という点を定義する場合もあり、これを指している可能性もあります。菅原氏は単にビンドゥと訳していて、解釈は保留しています。
ヨーガの教えの中でも「精液を無駄に漏らさないようにせよ」ということが度々言われていますが、漏らさないようにした精液がエネルギーとなって心臓へ至る、という考え方をする場合もあるようです。
このあたりの話は、他の密教の考え方なども紹介していきながら今後考察してみたいと思います。
ナーダとビンドゥの解釈は一旦置いておいて、プラーナとアパーナについてはよくヨーガの中で出てくる考え方です。
プラーナは体の上の方にある気で、アパーナは体の下の方にある気であり、これらが結びつくことでヨーガの完成をもたらすといいます。ヨーガの完成とはつまり体内の気の流れをコントロールできるようになった状態、とも言えるかもしれません。そのために、ムドラーやバンダは重要な役割を果たします。
ジャーランダラ・バンダ
3.70 ノドを引きつめて、心臓の部位にしっかりとアゴをつける。これがジャーランダラとよばれるバンダであって、老と死を無くする。
3.71 このバンダは多くの気道の群のなかを上から流れくだる甘露をせきとめる故にこの名を得た。これはノドの多くの疾患を無くする。
3.73 ノドをつめることによって、二つの気道の流れ(イダーとピンガラ)をしっかりととめるべし。ノドにあるヴィシュッディ・チャクラは中央のチャクラであるから、このバンダはカラダの十六の部位のバンダになる。
ジャーランダラは「流れの中の網」という意味で、3.71節で述べられているように、頭の真ん中にあるブラフマランドラの月から流れくだる甘露をせきとめるという意図があるようです。
現代ヨガでも、プラーナーヤーマで息を止めるときなどに用いられます。サルヴァンガーサナやハラーサナなどでもこれを行っている形になります。
ジャーランダラバンダを行った際の生理学的な効果については、クヴァラヤーナンダ氏の書籍の中で述べられていたので紹介します。
頸動脈洞は呼吸や心拍数、循環系の圧力を調整する圧受容器だということがわかっており、圧迫された頸動脈洞は過度の血圧上昇が起こらないように働きます。(ヨーガ・セラピー p.94)
息を止めると、血圧が上昇して末端などに血が通い、体が温かくなるなどの作用がありますが、この血圧上昇を適切にコントロールするためにも、ジャーランダラバンダは重要であるとクヴァラヤーナンダ氏は述べています。
気の流れなどは科学的に説明するのは難しいですが、こういった生理学的な効果なども調べてみると、じつはヨーガの技法は科学的にも正しいことをしているといたのだなとわかることが多いのです。ただし、すべて正しいわけではないかもしれませんので、鵜呑みにせず、注意深く曇りのない感覚で調べてみる必要はあります。
(次)ハタヨーガプラディーピカー概説 3.74〜3.82 〜バンダ・トラヤとヴィパリータ・カラニー〜
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参考文献
「サンスクリット原典 翻訳・講読 ハタヨーガ・プラディーピカー」菅原誠 (著)
「Asana Pranayama Mudra Bandha 英語版」Swami Satyananda Saraswati (著)