遠方からレッスンを受けに来ていただいたインストラクターの方に、「能動的」と「受動的」に関する話をしました。
その方には、「100% 受動的」を目指していけば良いとお伝えしました。これは、人それぞれ伝え方は異なるかもしれませんが、意味は以下のようなことです。
ほしいものがあっても、無理に取りに行こうとしない。
自分に準備ができていれば、向こうから訪れてきます。
来させるように、自分を変えるということです。
そういう意味では、ただぼーっと待っているという意味での「受動的」ではありません。
自分を変えるという点では、誰よりも積極的に、過去に執着せずに行っていきます。
ジムに行ったり、ヨガをしに行ったり、資格を取ったり、本を買って勉強したり…その様子は、周りからは「能動的に取り組んでいる」ように見えるかもしれませんね。周りの評価を気にする必要はありませんが。
「100% 受動的」といっても、たとえば「売り込まれたものを全部買う」とかいうことではありません。
訪れたものは、正しい流れに乗って来たものかどうか、それを見極める洞察力も必要です。
洞察力があれば、余計な迷いもなく、自然な選択ができるはずです。
「自分を変える」一歩目として、この洞察力を身につけることがとても重要な基礎となるでしょう。
「依頼された仕事」「お客さん」なども、洞察力を持って見極めます。
ただ、ちゃんと誠実に仕事をしている人のところには、誠実なお客さんが集まります。
ヨガのポーズもそう。
心身の準備が整ったら、自然とできるようになります。
外面だけを真似ようとして無理に向かっていかないこと。向こうから来させるようにします。
即効性、急激な変化を求めず、バランスを取りながら進めていきます。
前屈を深めるときもそうです。
ハムストリングスだけを伸ばそうとしても難しい。
両面の筋肉でひっぱり合いながら、支え合いながら、だんだん深めていきます。
支配しようとせず、自由にしてあげます。
バガボンドで、禅僧・沢庵和尚も言ってましたね。
「生きる道は天によって完璧に決まっていて、それが故に、完全に自由だ」
ヨガも禅も、「余計なことをしない」ということの大切さを教えてくれます。