梵:विद्या vidyā
英:knowledge, science…
日:知、学、智慧
ヴィディヤーの意味
ヴィディヤーとは、「正しい知」「智慧」を表す言葉。
智慧は外から授かるものではなく、元から備わっているものであり、様々な障害(煩悩)がそれを覆い隠している。
真の実在はブラフマンのみであり、この物質世界は幻(マーヤー)である、ということを人々は忘れている。その無知(アヴィディヤー)が様々な煩悩を生み出す。
ヴィディヤーとアヴィディヤー
「無知」あるいは「無明」は、否定形のaを頭につけて「アヴィディヤー avidyā」となる。
ヨーガスートラでは、真理を識別(ヴィヴェーカ)することを妨げる障害(煩悩)として、5つのクレーシャを挙げている。
- 無知
- 我想(エゴ)
- 執着
- 嫌悪
- 生命欲
全ては無知(アヴィディヤー)から始まり、自己でないものを自己であると誤解していることから様々な苦しみが起こる。
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