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アーサナ(ヨガポーズ)が「できるようになる」意義について

アーサナ(ヨガポーズ)が「できるようになる」意義について

自分でつくりあげた癖を、自分でなおしていく

「できないアーサナ」に出会う意義

レッスンではいろいろなアーサナ(ヨガポーズ)をお教えしていますが、私も最初から全部「できた」わけではありません。

周りの人はできているのに、自分はできていないということもよくありました。

できないアーサナに出会うと、最初はくやしい気持ちがしていたものですが、そこには自分の心身の癖をなおすための重要なヒントがあると気づき、それからは難しいアーサナに出会ったとき「これは癖をなおすチャンス」と思えるようになりました。

たとえば前屈ポーズができないということは、太もも裏の筋肉がかたい。椅子に座って受験勉強や仕事をし続けてきたからそうなったわけです。また左右あるポーズが片側だけ異常にできないということは、骨の配置がズレていたり筋肉のバランスが悪くなっていて、それは長年悪い姿勢で座ったり立ったり歩いたりしてきた癖が原因だったということに気づきます。

アーサナを行うことは、自分の状態をチェックする機会でもあり、改善・治療・進化の機会でもあるということです。

できなかったアーサナをできるようにしていくことで、長年積み上げてしまった癖がだんだんなおっていきました。

身体だけではなく、意識・心の癖も関係している

自分にとって難しいアーサナに挑んでいくにつれて、これは身体だけの話ではないということにも気づくようになりました。

身体の動きには意識・心が大きく関係していて、今までにできなかった動きを行うためには、意識・心の癖にも気づいてなおしていく必要があります。

たとえば「自分はこういう人間」「ここまでしかできない」といった先入観があったり、人と比較してしまう思考の癖があったりすると、より深いアーサナを行うことはできません。

そういった思考の癖や意識の癖を手放していくには、アーサナ以外の瞑想や呼吸法などの練習も重要であると思うようになりました。

ありのままを観る、ヴィパッサナー瞑想マインドフルネスといったものにもそのころに出会いました。また、肉体の状態を左右するいくつかの「微細な身体」や「気(氣)」というものにも意識を向けるようになりました。

このように根本から変わっていく過程は、マッサージや整体などで他人にやってもらうことはできないことですし、もちろん医師にもできないことで、またお金を積んでもできることではありません。

自分でつくりあげた癖を、自分でなおしていく、とても貴重な練習だと感じました。

「できる」「正しい」の基準

癖はひとつ手放すと、次の癖が現れてきます。これは終わりがない旅のように思えました。

「できた」と思っていたアーサナにも、癖を手放していくことでいくらでも深める余地があると気づきます。それではアーサナが「できる」とは一体どういうことなのか?

たとえばダウンドッグでも、かかとがつけば「できた」というわけでもなく、腕や肩の使い方、体幹の使い方など、本当にいくらでも深めていくことができます。

ダウンドッグ(アドームカシュヴァーナーサナ)

マリーチアーサナのように背中で手をつなぐアーサナなどは「手がつなげた」という基準がわかりやすいですが、たとえ手がつなげたとしても、その先もいくらでも深める余地があります。

マリーチアーサナC

つまり、「できた」を「完成形」と捉えるとしたら、それはいつまでも訪れることはないのでしょう。いつまでも、深める過程を楽しむことができます。

それでは「できているか」「正しいアーサナ」とは、ということを考えるとき、私はよく「方向性が合っている」という表現を使います。

アーサナにはそれぞれ、「深める方向性」があると思います。正しい方向性で行えていれば、「深さ」は少しずつ進めていけば良いのだと思います。

たとえばトリコーナーサナで、手をなんとかして床についたとしても、骨盤や胸が下を向いてしまっていたら、それは正しい方向性からは外れています。「手が床につけられた」=「できた」ではないわけです。

トリコーナーサナ

自分で練習できるようになるためには、正しい方向性に沿って行えているかが重要です。

なので私は各アーサナ解説記事に、「深める方向性」を書いています。

私も「できないアーサナ」にいくつも出会ってきましたが、方向性がわかってからは、それに沿って練習していくと少しずつでも深まっていく確信があり、日々の練習の意義を感じることができるようになりました。

そしてある程度の深さでひとつのアーサナができるようになると、次のアーサナが出てきます。そうやって少しずつ、癖を手放しながら、アーサナを習得していきました。

今もいくつかのアーサナを練習していますが、なかなか手ごわい癖と向き合っています。若い頃からやっていたほうが癖は少なかったでしょうけれども、最初からできていたら、人にやり方を教えることもできなかったでしょう。これも貴重な経験です。

癖と向き合うのは、慣れないうちは気持ちの良いものではないかもしれませんが、癖に気づくということは自分を根本から変える貴重な機会であると思います。

癖を見つけるのは、宝探しのようなものです。

一緒に楽しみながら、深めていきましょう。

男性ヨガインストラクター 高橋陽介の写真

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