ハタヨーガの重要な教典の中でもたくさんの技法が載っている、ゲーランダサンヒターを読んでいきます。
今回は、アーサナ(ポーズ・坐法)について、ハタヨーガプラディーピカーと比較して追加されたアーサナと、名前は同じでもやり方が全く異なっているアーサナについて書かれている部分を紹介します。
下記引用部分は、特に記載のない限り「ヨーガ根本教典 (続) /佐保田鶴治」を出典とします。
追加されたアーサナ
- ムクターサナ
- ヴァジュラーサナ
- グプターサナ
- マツヤーサナ
- ゴーラクシャーサナ
- ウトゥカターサナ
- サンカターサナ
- マンドゥーカーサナ
- ウッターナ・マンドゥーカーサナ
- ヴリクシャーサナ
- ガルダーサナ
- ヴリシャーサナ
- シャラバーサナ
- マカラーサナ
- ウシュトラーサナ
- ブジャンガーサナ
- ヨーガーサナ
(表記は現代ヨガでよく用いられるものに置き換えています)
ムクターサナ
2.11 左のカカトを肛門(又は性器)の下にあてがい、右のカカトをその上に重ねる。そして頭とクビをまっ直ぐにすべし。これがムクタ・アーサナであって、シッディをもたらす。
ムクターサナはハタヨーガプラディーピカーでもシッダーサナの別名のひとつとして出てきますが、ハタヨーガプラディーピカーとゲーランダサンヒターにおけるシッダーサナはジャーランダラバンダ(首を曲げてアゴを胸につける)とシャンバヴィームドラー(眉間を凝視する)を組み合わせているので、ムクターサナはまっすぐ座っているという点で異なるようです。
ムクタは「自由」「解脱」などの意味、シッディはシッダ(成就者・達人)と同じ語源で「成就」「達成」や、それによってもたらされる霊能力を表す場合もあります。
ヨーガスートラでも様々な霊能力が述べられていますが、それらのシッディにすら執着しないこと、というように戒められています。
参考:ヨーガスートラ解説 3.51-3.56 〜識別知を得て、独存に至る〜
ヴァジュラーサナ
2.12 フトモモを金剛(ダイヤモンド)の如く堅くして、肛門の両側に双方の足を置く。これがヴァジラ・アーサナである。この坐位はヨーガ行者にシッディをもたらす。
いわゆる正座です。現代ヨガでもヴァジュラーサナとして行われています。膝をぎゅっと曲げることで太ももが固くなるので、その様子をダイヤモンド(金剛)にたとえて、「金剛坐」と呼ばれることもあります。
ハタヨーガプラディーピカーでは、ムクターサナと同様にシッダーサナの別名として出てきますが、ゲーランダサンヒターにおけるヴァジュラーサナはシッダーサナとは異なっています。
ヴァジュラ(金剛)という言葉は仏教にもよく出てきます。
たとえば煩悩を打ち砕く武器として、帝釈天(インドラ)が金剛杵というものを持っています。
グプターサナ
2.20 両足を両方のヒザの間に置いて、そして両足を秘護すべし。そして足の上に肛門をすえる。これはグプタ・アーサナとして知られる。
これも解釈が分かれる書かれ方をしていて、正確な形がわかりません。
ハタヨーガプラディーピカーではシッダーサナの別名としてグプターサナが示されていますが、このやり方が同じなのかはわかりにくいです。
グプタは「隠す」などの意味。
マツヤーサナ
2.21 ムクタ・パドマの体位をとり、上向きに臥すべし。両方のヒジで頭をかこむ。これがマッチア・アーサナであって、病を治す。
現代ヨガでも行われている、蓮華座を組んだ形でのマツヤーサナで、頭の上で肘を抱える形のようです。アシュタンガヨガなどでは組んだ足の親指を手で持つ形がよく行われます。
ムクタ・パドマとは、ゲーランダサンヒターではパドマーサナが1種類しか示されておらず、それがバッダパドマーサナの形になっているので、足の親指をつかまない形をムクタ(自由な)と表現したと思われます。
ゴーラクシャーサナ
2.24 ヒザとマタの間に両足を上向きにして、見えないように置く。そしてカカトを、上向けに拡げた両手で注意深く被い、
2.25 ノドをつめて、鼻頭を凝視すべし。この体位はゴーラクシャと呼ばれ、ヨーギーたちにシッディをもたらす。
現代ヨガのゴーラクシャーサナは、バッダコーナーサナの形からさらに股関節と膝関節を回して足をお尻の下に入れる形ですが、ここでの説明はあまりはっきりとわかりません。
「見えないように」ということから、お尻の下に足を入れるところは同じなのかもしれませんが、そうするとカカトをさわるのはかなり難しいです。
ウトゥカターサナ
2.27 両足の親指を床につけ、カカトを空に浮かし、そのカカトの上に肛門をすえる。これをウトカタ体位と知るべし。
現代ヨガでのウトゥカターサナは椅子のポーズなどと呼ばれ、空気椅子のようなポーズですが、そもそもウトゥカタという言葉の意味は「アンバランスな」「難しい」などであり、椅子を表すものではありません。
ここで説明されているポーズはたしかにバランスが難しそうな形です。
サンカターサナ
2.28 左の足とヒザとを床上に置き、右の脚で左足を被い、両膝の上に両手を置く。これがサンカタ・アーサナである。
アグニスタンバーサナ(スクエアポーズ)のような形のようにも解釈できますが、この説明もはっきりとしません。
サンカターサナという名前は現代ヨガではあまり見かけませんが、サンカタ(サムカタ)という語はcriticalやcrisis、「危険な」といったニュアンスを感じます。向井田氏はサンカタの意味を「合わさった」「閉じた」と解釈していますが、私がよく使っている辞書にはその意味は載っていませんでした。向井田氏は正座の脚をクロスしたような(ハタヨーガプラディーピカーでのゴームカーサナのような形)を描いているようです。
マンドゥーカーサナ
2.33 背後で両足のウラと親指とを触れるべし。そして両方のヒザを前に廻して、マンドゥーカ(かえる)の体位を作り上げるべし。
この説明もはっきりしませんが、佐保田氏も向井田氏も、正座の状態から膝を開いて足の親指同士を合わせる形と解釈しています。
現代ヨガではあまり行われませんが、マンドゥーカーサナは、正座の状態から手をグーにしてお腹の前で合わせて、上半身を前屈させてお腹をグーの上に乗せるような形で行われます。
ウッターナ・マンドゥーカーサナ
2.34 マンドゥーカ・アーサナの中央に位置する頭部を両ヒジでかかえて、かえるのように仰臥する。これがウッターナ・マンドゥーカという体位である。
仰臥するかしないかで解釈が分かれるようですが、上記マンドゥーカーサナの形から頭を肘で抱える形にします。
ウッターナという語は、現代ヨガでは立位前屈のポーズとしてウッターナーサナがあり、「強く伸ばす」という意味で使われることが多いですが、ハタヨーガでは「上向きに」という意味でよく使われるようです。
ヴリクシャーサナ
2.35 左のフトモモのつけ根のところに右の足をあてがい、立ち木の如く、床上に立つべし。人人はこの体位をヴリクリャ(立ち木)とよぶ。
この説明は、現代ヨガのヴリクシャーサナ(木のポーズ・立ち木のポーズ)とほぼ同じのようです。手の形は合掌したり上に挙げたりいろいろなバリエーションがありますが、ここでは指示されていません。
ガルダーサナ
2.36 一方の脚のスネとフトモモの両者で、他方の身を支えている脚を圧し、両ヒザをもってカラダを不動に保持し、ヒザの上で両手をそろえる。この体位がカルダである。
カルダになっていましたがたぶん誤植でしょう。
脚に関しては、現代ヨガのガルダーサナと同じようにみえますが、手についてはただ合掌しているのか、現代ヨガのように絡めるのかは定かではありません。
ヴリシャーサナ
2.37 右のカカトの上に会陰をすえ、左方では左足を逆転して地につけるべし。これがヴリシャという体位である。
ヴリシャは牡牛の意味ですが、この説明もはっきりしていません。おそらく、シヴァナンダヨガにおけるサイタリヤーサナの脚の形と同じかと思われます。骨盤の歪みを整え、左右の呼吸を均一にするために重要なアーサナであるとされます。
シャラバーサナ
2.38 顔を下に向けて臥す(腹ばいになる)。両手は胸のあたりにおき、テノヒラを床上につける。両足を空中に一ヴィタスティの高さだけあげる。これを先師たちはシャラバの体位と名づけた。
ここでも謎の単位ヴィタスティが出てきましたが、親指12本ぶんの長さとされています。
手の付き方はいろいろバリエーションがありますが、現代ヨガのシャラバーサナに近い説明です。
マカラーサナ
2.39 顔を下に向け、胸を床につけて臥す。両脚は地上に伸ばしておく。両腕を組んで頭を抱える。このマカラの体位は身火(消化力)を増大する。
マカラは通常ワニと訳されますが、正確には神話に出てくるワニのような生物とのことです。
うつぶせになって頭を肘でかかえるという形ですが、お腹を休めるのに有効なリラックスポーズになりそうです。
シヴァナンダヨガでのマカラーサナは、肘をついて手にあごをのせて休める形で行われます。
ウシュトラーサナ
2.40 頭を下にして臥す。両足を離して背中におき、両手で足をつかみ、顔と腹部を強く近づけるべし。この体位をヨーギーたちはウシュトラ(らくだ)とよびなしている。
現代ヨガのウシュトラーサナとは全く異なる形のようで、ダヌラーサナに近い形のようです。
向井田氏は、ダヌラーサナの形から脚をクロスしてから足をつかむと解釈しています。
ブジャンガーサナ
2.41 足さきからヘソに至るまでを床に密着し、両テノヒラを床につき、頭をあげて蛇の如き形になる。
これは現代ヨガのブジャンガーサナ、コブラポーズと同じのようです。
ハタヨーガはクンダリニーを目覚めさせるのがひとつの目的ですが、クンダリニーは蛇の神であり、ブジャンガーサナは蛇の力を呼び覚ますためにとても重要なアーサナであるとされます。あるいはシンプルに消化力を高めるといったわかりやすい効果も説明されています。
ヨーガーサナ
2.43 両足のウラを上向きにして膝の上におき、両手のテノヒラを上向きにして床上におく。
2.44 吸息を以てイキを取り入れて、鼻頭を凝視すべし。これはヨーギーたちのヨーガ修行中におけるヨーガ・アーサナである。
現代ヨガではあまり聞かない名前ですが、まるでヨガの究極奥義のようですね。説明はあまりはっきりしませんが、足の裏を上に向けて膝の上におくということはおそらくパドマーサナの形であり、手のひらを上に向けて手の甲は床に置くという形でしょう。
パドマーサナは足裏も手のひらも上に向けることができ、上からのエネルギーを最大に受け取ることができるというのが、他の坐法と比較してパドマーサナが瞑想に最適であるとされる理由のひとつでもあります。
「アーサナ」はもともと「坐法」だけだったと言われますが、ゲーランダサンヒターのアーサナにはハタヨーガプラディーピカーと比較しても坐法以外の身体を使ったアーサナが増えた印象があります。しかし、最後の最後はやはり坐法で終わるようす。
同じ名前でもやり方が異なるアーサナ
- ゴームカーサナ
- ヴィーラーサナ
- ダヌラーサナ
- マツェンドラーサナ
- バドラーサナ
(表記は現代ヨガでよく用いられるものに置き換えています)
ゴームカーサナ
2.16 両足を床上において、背後(シリ)のわきにすえるべし。上体をしっかりと立てる。この坐位は牛の面の形に似ているので、ゴームカ(牛面)という。
この脚の形は、現代ヨガで一般的なゴームカーサナと同じようです。これに、背中で上下から手をつなぐという動きを加えたものが現代ヨガでよく行われます。
ハタヨーガプラディーピカーでは、正座から脚をクロスして重ねるような形が指示されていますが、この形はアシュタンガヨガのゴームカーサナで行われています。
ヴィーラーサナ
2.17 一方(右)の足を他方のモモの上に置き、他方の足はその側の背後に置く。これがヴィーラ・アーサナとよばれる体位である。
現代ヨガのヴィーラーサナはいわゆる割座ですが、ハタヨーガプラディーピカーではアルダパドマーサナ(半跏趺坐)のようなやり方を示していました。
ゲーランダサンヒターではハタヨーガプラディーピカーとも異なり、微妙にやり方がわかりにくい書き方になっています。
佐保田氏と向井田氏の訳も異なっているようで、どうもやり方がはっきりしません。
ダヌラーサナ
2.18 両足(脚)を〔背後へ〕伸ばし、背中で、棒状に伸びた両手が、両方の足をそろえてつかむ。そして、弓のごとく曲げた上体を保持する。これがダヌル・アーサナである
ハタヨーガプラディーピカーでは、現代ヨガのアーカルナ・ダヌラーサナのやり方が示されていました。
ゲーランダサンヒターでは、一般的なダヌラーサナよりも難しい、腕を頭上からまわしたプールナダヌラーサナと呼ばれる形が示されています。
マツェンドラーサナ
2.22 努力して腹部を背中のような格好にまっ直ぐにしておく。左脚を折り曲げて、右のヒザの上にのせる。
2.23 その左脚の上に右ウデのヒジをのせ、そのテノヒラの上に顔をのせる。そして眉間に視線をすえる。この体位はマッチェーンドラとよばれる。
現代ヨガのマツェンドラーサナは代表的なツイストのポーズですが、この説明は全く異なっています。
脚の形も定かではありませんが、脚を組んだ後その上に右肘をついて、手のひらに顔、おそらくあごをのせるような形なのでしょう。何か思索しているような姿勢にも見えます。
佐保田氏は、「弥勒の思惟像に似ている」と表現しています。
バドラーサナ
2.9 両方のカカトをコーガンの下で交差して置き、その足の親指を、背後で交差した手で互いちがいにつかんでおいて、
2.10 ジャーランダラ・バンダ(ノドのしめつけ)を完全にやってから、鼻頭を凝視すべし。これがバドラ・アーアナ(幸福坐)であって、あらゆる病患を消去する。
ハタヨーガプラディーピカーでは最重要な4つのアーサナの1つとされていたバドラーサナですが、ゲーランダサンヒターではあっさりやり方が変えられています。
ハタヨーガプラディーピカーでは現代ヨガのバッダコーナーサナのような形ですが、ここでは正座の状態から脚をクロスして、背中側に腕をまわして足の親指を手でつかみ、首を曲げてジャーランダラバンダを行うという形が示されています。
実際にやってみると、人によって腕の長さや体幹の長さが異なるので足指をつかむのは難しい形であるとわかります。
向井田氏は、脚をクロスするのではなく、膝を開いた割座のような形と解釈していますが、これならばたしかに足指をつかむことができます。しかし正しい形は定かではありません。
やり方はとても曖昧で、時の中で変化していくアーサナたち
ハタヨーガプラディーピカーのときもそうでしたが、アーサナのやり方はとても曖昧に書かれているものが多く、師匠に直接教わって行う必要があるという前提で書かれています。
ハタヨーガは密教であり、その詳細なやり方は書き表せないのです。書けない理由は様々ですが、弟子それぞれに合ったやり方があるため、みんなが同じものをマネしてもうまくいかないということも重要と思われます。
ハタヨーガプラディーピカーとゲーランダサンヒターは、成立時期に100〜200年ほどの違いがあるようですが、アーサナ数が増えたり、同じ名前でもやり方が全く変わってしまったものも結構あることがわかりました。
実際これらの書物の関係性もはっきりわかりませんし、ヨーガの歴史はわからないことだらけです。
なのでヨガを実践するときも、アーサナの名前にこだわりすぎず、人の真似をしすぎず、いま自分がどんな動きをしようとしているのかということをしっかり意識しながら行うようにすると良いでしょう。
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