現存するハタヨーガの三大教典のひとつ、シヴァサンヒターの概説です。
今回は第3章の最後、アーサナ(坐法・体位法)に関する部分を読んでいきます。佐保田訳では「体位法」という小見出しがついています。
以下引用部分は基本的に以下書籍の佐保田鶴治氏の訳を用い、必要に応じてヴァス氏・マリンソン氏の訳と比較しながら進めていきます。
この記事の目次
シヴァサンヒターのアーサナ
アーサナの数
3.98節「世には八十四の異種の体位がある。その中から、四種を取り出して解説しよう─(1)達人坐、(2)蓮華坐、(3)峻厳坐、(4)吉祥坐」
ゲーランダサンヒターでは、シヴァ神から8400万のアーサナが授けられたと言われ、その中で84のアーサナが人間にとって有用であり、さらにその中から32のアーサナが選ばれて、やり方が紹介されていました。
参考:ゲーランダサンヒター概説2.1-2.6 〜伝統的なアーサナ32種の一覧〜
ハタヨーガプラディーピカーでは、バリエーションを含めて18のアーサナが挙げられています。
参考:ハタヨーガプラディーピカー概説 1.17-1.57 〜伝統的なアーサナ18種の簡単解説・アーサナの目的〜
アーサナという言葉は、現代ヨガでは主に「ヨガポーズ」の意味で使われていますが、古典ヨーガの時代では主に「坐法」を意味し、ハタヨーガの時代では様々なポーズも含まれるようになっています。
シヴァサンヒターでは、ここで4つのアーサナが説明されています。
パスチモッターナーサナが含まれる、4つのアーサナ
シッダーサナ(達人坐)・パドマーサナ(蓮華坐)・スヴァスティカーサナ(吉祥坐)は、ハタヨーガプラディーピカーなどでも重要な坐法として挙げられていましたが、佐保田氏が「峻厳坐」と訳したのはどんなアーサナかというと、後に別名で「パスチモッターナーサナ」と呼ばれるアーサナであると示されています。
パスチモッターナーサナは、現代ヨガでも行なわれている坐位の前屈ポーズですが、背骨を直立した他の坐法とこのアーサナが並べられているのは、少し特殊な感じがします。
「峻厳坐」という言葉の元のサンスクリット語は「ugrāsana ウグラーサナ」であるとヴァス訳では述べられていて、佐保田訳はそれを元にしているようです。現代ヨガではほとんど聞かないアーサナ名ですが、ugraは「激しい」「高い」「熱い」などの意味の言葉です。
ただマリンソン訳では「4つのアーサナを挙げる」とだけ示されていて、4つのアーサナの名前はこの節の中には含まれていないようでした。
このように各訳者ごとに異なる部分はあるようですが、ここからそれら重要な4つのアーサナの説明が始まります。
アーサナのやり方と効果
坐法の効果として、一般的に想像できるのは「安定します」「背骨が立ちやすいです」といったものかと思いますが、ここでは坐法を修習することで「解脱に至る」とまで説明されています。
それだけ重要な坐法ということになりますが、ここでいう坐法は肉体的なカタチだけではなく、全身全霊で行うものということかと思います。カタチだけそれらしく行っていても、心が別のところをさまよっていては、これらの効果は現れないでしょう。
そのため、このセクションの坐法のやり方の説明には、身体的な動きだけでなく、目の視点や調気の方法(イメージ・呼吸・心の制御)についての指示も含まれています。
シッダーサナ(達人坐)
シッダーサナ(達人坐)のやり方
3.99-100節「(1)〔達人坐〕左のカカトで、注意深く会陰部を圧し、右のカカトを性器の上におくべし(九九)。うわ眼使いに眉間を凝視しながら、五感官の動きを抑えてじっと坐っている。特に上体をまっ直ぐに立て、隠所において、心に憂悩なく(一〇〇)。」
ハタヨーガでは最も重要な坐法として挙げられるシッダーサナ(達人坐)は、シヴァサンヒターでも最初に挙げられています。シッダは「達人」「成就者」などの意味です。
シッダーサナがハタヨーガにおいて重要とされる理由の一つとしては、会陰部をかかとで刺激することで骨盤底の第一チャクラ・ムーラーダーラの覚醒につながるということです。
クンダリニータントラでは、より詳しいやり方が説明されていますので、以下の記事も参考にしてみてください。
参考:「クンダリニー・タントラ」を読む【39】第3章 2節:クンダリニーヨーガの坐法・姿勢
参考:チャクラ研究まとめ 位置・数・覚醒(開く)方法・整え方
シッダーサナ(達人坐)の効果
3.101-103節「この坐法を修習することによって速かにヨーガの成就に達する(一〇一)。気の修習に就事する人はこの達人坐を専修すべし。これによって輪廻界を越えて至上の境界に到達する(一〇二)。地上にはこれに上越す神秘な体位は無い。この体位を思念するだけでも、ヨーギーは罪から解放される(一〇三)。」
前述の通り、ここで言う坐法とは単なる身体的なカタチだけでなく、気の操作も伴っている必要があります。それによって得られる真の効果として、罪からの解放、解脱について説明されています。
103節では、シッダーサナが最上のアーサナであり、しかもイメージするだけで効果があると説明されています。ハタヨーガの行法の多くは気の操作を伴い、その際にはイメージがとても重要になります。
パドマーサナ(蓮華坐)
パドマーサナ(蓮華坐)のやり方
3.104-106節「(2)〔蓮華坐〕足を上向きに交差して、注意して両方の太股の上におき、テノヒラを上向きに交差して、両太股の中央におく(一〇四)。鼻のさきに視線をすえ、舌を以て歯の根もとに圧すべし。アゴを上げ、胸廓を引き上げ、ゆっくりと気を(一〇五)できるだけ深く吸い、ゆっくりとハラに満たすべし。その後で、できるだけ多く気をなめらかに吐くべし(一〇六)。」
足を反対側の鼠蹊部に置いて、すねをクロスする蓮華坐。手をクロスして太ももの中央に置くというのは、現代の一般的なやり方にはあまり見られません。
視点や舌の位置や呼吸など細かいやり方も説明されていますが、訳者によって説明は異なるようです。
佐保田訳とヴァス訳では、舌の位置は歯の根元となっていますが、マリンソン訳では口蓋垂(のどちんこ)となっており、ケーチャリームドラーの中でも異なるバリエーションを説明しているようでした。
また、佐保田訳とヴァス訳ではアゴを上げるとなっていますが、マリンソン訳ではしっかりとアゴを引いて胸につけるというジャーランダラバンダを伴ったやり方になっていて、丁寧に写真まで付されています。
参考:蓮華座(結跏趺坐・パドマーサナ)のやり方・効果・コツ図解
参考:ハタヨーガプラディーピカー概説 3.55-3.73 〜3つのバンダ(ウディーヤナ、ムーラ、ジャーランダラ)〜
パドマーサナ(蓮華坐)の効果
3.107節(抜粋)「すべての疾病を消去する。」
3.108節(抜粋)「気は即座に平静になる。」
3.109節(抜粋)「ヨーギーは蓮華坐を結んで、プラーナ・アパーナの作法に従って気を満たすならば、解脱者になる。」
蓮華坐もまた、気の操作を伴って行うことによって解脱に至ると説明されています。
また、蓮華坐を行うことによって病気がなくなるという説明は他の教典にも見られます。
シッダーサナ(達人坐)とパドマーサナ(蓮華坐)は、やはりハタヨーガの中では別格の重要な坐法として扱われている印象があります。
パスチモッターナーサナ(峻厳坐)
パスチモッターナーサナ(峻厳坐)のやり方
このアーサナについては、ヴァス訳は少し現代のパスチモッターナーサナとは異なっていて、佐保田訳もそれに準じてはいますが、佐保田氏はその違いを指摘しています。
3.110節「〔峻厳坐〕両脚を前にのばし、両方を離しておく。次に両手でしっかりと頭を抱え、それを膝につけるべし(一一〇)。」
「頭を抱える」というのが、現代のやり方には見られないやり方です。
それに対して、マリンソン訳は少し異なっています。
マリンソン訳108節「Join both feet together and extend them. Hold them firmly with both hands and place the head on the knees.」
和訳:両足を揃えて伸ばす。両手でしっかりと持ち、頭を膝の上に置く。
足をしっかり両手で持つという、現代の形と同じやり方に訳しているようです。
ちなみに「頭を膝の上に」という表現は、他の前屈ポーズのジャーヌシルシャーサナとの共通性も感じます。ジャーヌは膝、シルシャーは頭です。ただ、ジャーヌシルシャーサナ自体は現存するハタヨーガの主要教典には含まれていないようです。
またマリンソン訳には、パスチモッターナーサナの名前はありますが、ウグラーサナ(峻厳坐)の名前は含まれていないようでした。
参考:パスチモッターナーサナ(長座体前屈・パスチモッタナーサナ)の効果とやり方動画・図解
パスチモッターナーサナ(峻厳坐)の効果
3.111節(抜粋)「気の火を燃え立たせ、身体の疲労を除去する。」
3.112節(抜粋)「気は必ず背中の道を流れる。」
3.113節(抜粋)「すべてのシッディが来る。」
ここでは、パスチモッターナーサナによって背骨のスシュムナーナディに気が流れるという効果を示しています。それとともに身体の疲労を消し去り、シッディ(霊能)が目覚めると説明されています。
現代ヨガでも前屈ポーズを行うとき、多くの人は太もも裏の硬さを気にしてしまいがちですが、背骨を通るエネルギーラインをイメージすることも重要です。
サティヤナンダ氏の行法でもマハームドラーとして前屈ポーズ(ウッタンパーダーサナ)の形で気を流す技法があり、ダンテスダイジ氏のクンダリニーヨーガでも同様に前屈の形で背骨に気を通す行法が挙げられています。
参考:「クンダリニー・タントラ」を読む【51】第3章 14節 前半:クリヤーヨーガの実践(プラティヤーハーラ)
参考:ダンテス・ダイジ氏の「ニルヴァーナのプロセスとテクニック」
スヴァスティカーサナ(吉祥坐)またはスカーサナ(安楽坐)
スヴァスティカーサナ(吉祥坐)またはスカーサナ(安楽坐)のやり方
3.115節「(4)〔吉祥坐〕両方の足の裏をヒザと太股の下にしっかりとすえ、上体をまっすぐにして気持を楽にして坐る。これが吉祥坐とよばれる体位である。」
スヴァスティカーサナ(スワスティカーサナ)は、ハタヨーガプラディーピカーでは18種のアーサナの最初に挙げられています。
ハタヨーガについて研究を始めたとき、さて古典のヨガポーズにはどんなものがあるのかな?と調べてみると、最初にこの一見フツーな坐法が挙げられていて少し意外な感じがしました。
また、この坐法は別名スカーサナ(安楽坐)とも呼ばれる、と記されています。現代の一般的なスカーサナは、以下の写真の形であることが多いですが、アルダシッダーサナやスヴァスティカーサナを安楽坐と呼ぶこともあり、現代でも名称は一致していないようです。
アルダシッダーサナは以下の形で、一般的なヨガスタジオではこの形で座っている人が多いかと思います。
スヴァスティカーサナ(吉祥坐)またはスカーサナ(安楽坐)の効果
3.116節「この作法でヨーギーは調気を行ずべし。そうすれば、肉体は病気におかされることなく、気は成就せられる。」
この坐法もまた、調気を伴って行うことによって、病気をなくして成就に至ると説明されています。
繰り返しになりますが、坐法はただ身体的なカタチを行うだけでなく、全身全霊で行うことで異なる効果が現れるということになります。
「やり方は秘密にされるべきである」の意味
以上で4つのアーサナの説明が終わりましたが、ハタヨーガの技法の説明には「秘密にするべきである」という文言が加わっていることがあります。ここでもパスチモッターナーサナとスヴァスティカーサナの節にそのような記載がありました。
やり方を文字に表すと、とてもシンプルな文言にはなりますが、それを実際に実践するのは難しく、人それぞれの煩悩や思い込みによって間違ったやり方をしてしまうこともあります。
ここで説明された坐法にしても、身体的なカタチだけ実践しても、なんの効果も得られなかったということも起こり得るでしょう。そうなると、正しく行われていないのに「ハタヨーガはダメだ!効果がない!」と批判する人も出てくるかもしれません。
そのため、安易にやり方を示すことは避けるべきであるというのが、「秘密にせよ」に含まれる意味の一つかと思われます。
間違った道を進むことなく修行を進めるために、ハタヨーガのような密教的な教えでは、信頼できる師匠による指導を受けることが必要であると繰り返し説かれています。
このあと第4章、ムドラーの説明に入っていきます。ムドラーの章でも、「秘密にせよ」という文言は繰り返し現れます。
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